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【介護の心理学2】社会的比較(social comparison)

社会的比較(social comparison)

「社会的比較」の理論とは?

私たちは、子供のころから「他人と比較するな」と教えられて育ちます。しかしこれは、私たち人間には、子供のころから他人と自分を比較するという特徴があるということの裏返しでもあります。

アメリカの心理学者、レオン・フェスティンガー(Leon Festinger)は、これを「社会的比較(social comparison)」という理論にまとめあげています(1954年)。この理論は、人間には「できるだけ正確に自分自身を評価したい」という欲求があることを仮設として前提にしています。

個々の人間にとって、人間社会と、その中における自分の立場を理解することは、上手に生きていくために必要なことです。このため、周囲の環境や、自分の可能性についてよく考えるためにも、特に、他人との比較を行うことが多くなります。

例えば、私たちがサバンナに生きているとします。サバンナにはライオンがいて、危険です。ライオンから自分の命を守るためには、ライオンについて詳しく理解し、地形や周囲の環境を正しく理解し、さらにライオンから逃げるために必要な走力などについても考える必要があります。

しかし、こうした情報を、すべて客観的に集めて分析するのは大変です。であれば、同じサバンナで暮らす周囲にいる人と自分を比較してみればよいのです。他の人よりも開けた場所に家を構えていては危険でしょう。他の人よりも自分の足が遅ければ危険でしょう。

「社会的比較」は、自分の身を守りつつ、その社会の中で少しでも有利に生きていくために、簡単で便利な方法なのです。

「社会的比較」は、ちょっとだけ脚色される傾向がある

ここで「社会的比較」には、さらに注意すべき特徴があります。それは、比較対象は、個人に都合のよいように選ばれる傾向があるということです。重要なところなので、少し詳しく考えてみます。

まず、自分の自己肯定感(=自分がこの社会で重要な存在であると感じること)が弱っているとします。その時、私たちは、自分よりも劣っていると感じられる人との「社会的比較」をすることで、自己肯定感を回復(高揚)させることが知られています。情けない話ですが、誰にでも身に覚えがあると思います。これを特に「下方比較」と言います。

逆に、私たちが、自分の自己肯定感が高くなっているとします。それは奢りであり、危険です。そんな時は、自分よりも優れていると感じられる人との「社会的比較」をすることで「まだまだ、もっと、がんばらないといけない」という具合にして、自分をより高い目標に向けて律することがあります。これを特に「上方比較」と言います。

介護の現場における「社会的比較」で注意したいこと2点

介護の現場でも、私たちは「社会的比較」を行っています。このとき、先の「下方比較」や「上方比較」が、おかしな方向に行ってしまい、介護がかえって苦しくなるケースがあります。これを注意点として2つにまとめてみます。

1. 介護者が、自分の行う介護に「完璧」を求めてしまう

特に男性に多いと聞きますが「立派な介護」を目指し、かなり無理をして色々とうまくいかなくなるケースがあります。「さんざん世話になったのだから、親の最後くらい、しっかりと自分がやる」という意気込みで介護に突入し、その理想が高すぎて燃え尽きてしまう人もいるのです。そうした人にとって毒になるのが「立派な介護の事例」です。真面目な人ほど、介護のノウハウ本などを読んで、優れた介護の事例を勉強します。それが「上方比較」として刷り込まれてしまうと「自分の介護は、全然ダメだ」という結論になってしまうのです。これが「介護うつ」に至ってしまえば、普通の介護すらできなくなります。

2. 要介護者が、介護者(家族)に求めすぎてしまう

要介護者は、過去に自分も両親の介護をした経験があったりします。少なくとも、両親の介護を見聞きしています。過去の介護は、そもそも、高齢者の数に対して現役世代の数のほうが多かったのです。さらに現役世代のほうも兄弟姉妹が多数いて、専業主婦もいました。こうした背景から、過去の介護においては、親族がそれなりに対応できる環境があったのです。これに対して、現代はこの逆です。高齢者の数が多く、現役世代は一人っ子だったり、専業主婦もいなかったりします。こうした背景を無視したまま、要介護者が、自分の行った介護と、自分の子供が行う介護を「下方比較」することがあります。結果として「自分の子供は、なんて親不孝なんだ」という結論になるケースもあります。

どうすればいいのか?「社会的比較」から自由になる

先の2つの注意点は、それぞれが重なると、大変なことになります。「自分の介護はダメだ」と考える介護者と、「自分の子供は親不孝だ」と考える要介護者が組み合わさると、抜け出せない泥沼にはまってしまいます。磁石のプラスとマイナスのような関係なので、本当に危険です。

結局のところ、介護の現場には「社会的比較」を持ち込むこと自体が危険ということです。ここは、面倒でも、しっかりと個々のケースの特徴を考えて、それぞれに違う介護の姿を明らかにし、誰かが燃え尽きたり、虐待が起こってしまわないように注意しないとなりません。

介護者(家族)としては、無理をしないこと、妥協すること、自分の人生を優先させることが大切です。そのためにも、介護のプロたちが支援をしてくれています。時にはレスパイト(息抜きのための介護サービス利用)も使いながら、介護という長期戦を進めていくべきです。

要介護者としては、しっかりと自分の希望を伝えつつ、その全てが満たされるのは難しいという、現代の介護環境についての理解を深めることが大事です。少しでも介護者(家族)の負担を減らしてやるため、多少は嫌でも、家族を助けると思って、デイサービスに通うことなども検討してみてあげて欲しいです。

介護を通して、親子の絆が深くなることもあります。その逆もあります。この背景には「社会的比較」という、人間に備わってしまっている特徴があるのです。子供のころ「他人と比較するな」と教わったり、子育てでそのように教えたりしてきたはずです。この発想は、介護においてこそ、本当に重要なものになると考えています。

※参考文献
・大久保暢俊, 『社会的比較による自己評価と対人関係』, 東洋大学人間科学総合研究所紀要, 第10号(2009年)

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