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子供は私と同居すべき?私物的わが子観(私物的子供観)に注意したい

子供は私と同居すべき?私物的わが子観(私物的子供観)に注意したい

「いつから同居するんだ?」という圧力

親の介護という文脈で、親から同居を強要されるというケースがあります。強要の形は様々ですが「いつから同居するんだ?」という圧迫的なものから「○○さんのところは一緒に暮らしていてうらやましい」といった間接的なものまで、様々な形があります。

しかし少なからぬ介護のプロは、親との同居には否定的です。実際に、親との同居は、想像以上に大変です。親の近所に暮らす程度であればまだしも、一緒に暮らすとなると、プライバシーやリロケーションダメージ(引っ越しに伴い様々な健康上の問題が起こること)の問題はもちろん、最悪の場合は虐待のきっかけにもなり得ます。

同居が難しいのは、親子のパワーバランスがおかしくなるからです。親にとっては、子供はいつまでも子供なので、つい、説教やアドバイスをしたくなります。しかし子供からすれば、親と同居するのは親が弱っているからで、そうした親は、かばって守るべき対象です。

私物的わが子観(私物的子供観)の有無

あまり聞きなれない言葉かもしれませんが「私物的わが子観(私物的子供観)」という言葉があります。一般には、子供の虐待という文脈で使用されることが多い言葉で、親が子供を虐待するときの背景として知られています。要するに、自分の子供を自分の所有物のように考える親は、子供を虐待しやすいということです。

「私物的わが子観」に支配されている親にとっては、自分の子供が、自分の老後の面倒をみるということは、当たり前のことです。自分の所有物たる子供は、自分のために尽くすべきと考えてしまいます。その意味では、子供に対して同居を強要する親というのは、もはや大人になっている子供を虐待しているとも言えるわけです。

この「私物的わが子観」の対極にあるのが「社会的我が子観」です。こちらは、子供は自分の所有物ではなく、自由意志を持った自立した存在として、自分と対等な大人であるという考え方です。この考え方を持っている親であれば、自分の子供が自分と同居するかどうかは、子供がそう希望するかどうかによるでしょう。

親から同居を強要されたら

親から同居を強要されたら、まずは、その背景に「私物的わが子観」がないか、観察してみる必要がありそうです。「私物的わが子観」による同居の強要であれば、それに従ってしまえば、自分の人生は自分のものではなくなります。それがわかった上で同居するのは個人の自由ですが、それは想像以上に辛い結果になり得ます。

親が、そうした前時代的な考え方から自由であり「社会的我が子観」を持っているなら、同居が必要と主張する背景をより深く理解する必要があるでしょう。それはもしかしたら、親子によるシェアを前提とした共同生活のような、もっと合理的で柔軟な提案かもしれないからです。

家族の形は一様ではありません。ですから、同居にも色々な背景があり、その全てがいけないということにはなりません。ただ、いわゆる毒親(どくおや)と言われるような状態になってしまっている親と同居することは、危険なことです。必要であれば、カウンセラーに相談することも考えてみてください。

※参考文献
・新しい時代の保育所のあり方に関する検討委員会, 『新しい時代の保育所機能と運営を考える』, 平成5年9月

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