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高齢者であるということは、失いたくないものを、徐々に失っていくという、喪失のプロセスの中にあることを意味します。このときの気持ちは、実際に高齢者にならないとわからないのですが、それでも、介護に関わる限り、知識として理解しておきたいところです。
こうした喪失は、主に8つの視点に分類することができます。それらは(1)身体的・精神的な強さの喪失(2)環境適応力の喪失(3)経済力の喪失(4)家族や社会とのつながりの喪失(5)知的能力の喪失(6)生きる目的の喪失(7)容姿の美しさの喪失(8)自分の存在意義の喪失、です(詳しくは8つの喪失モデルを参照)。
心身の強さを失い、新しいことが覚えられなくなり、貯金は減っていき、友人や家族との死別が増えるのです。社会とのつながりが失われ、孤独感が深まるのは当然のことでしょう。この孤独感がまた、精神的に高齢者を追い詰めるのです。
これは、単に、持っていたものを失うというプロセスではありません。自己のアイデンティティーそのものを失っていくと考えると、少しだけ、高齢者が感じている恐怖に近づけるかもしれません。高齢者が、自殺者のおよそ4割を占める背景には、こうした喪失があると考えられています。
高齢者は、適応することが困難な喪失のプロセスに対して、その能力が衰えた状態で、適応しなければならないのです。また、喪失は時間とともに次々と起こっていくため、この適応は、継続的に行われなければなりません。
長年、米タフツ大学にて発達心理学の教授として活躍し、2011年に亡くなったフレッド・ロスバウム(Fred Rothbaum)という人物がいます。彼は『Changing the world and changing the self(PDF)』(1982年)という論文で「二次的コントロール(secondary control)」という重要な概念を提唱しています。
まず、ロスバウムは、自分の欲求によって世界を変えようとする試みを「基本的コントロール(primaly control)」と定義しています。これに対して、世界に対して自分の欲求を変化させていく、すなわち、流れに合わせる(flow with the current)ような試みを「二次的コントロール(secondary control)」と定義しました。
高齢者が、自己のアイデンティティーが薄くなっていくような喪失のプロセスに適応するという課題を考えるとき、この「二次的コントロール」が重要になるのは明らかでしょう。マッチョに世界を変えようとするのではなく、自分を世界に合わせようというしなやかさが求められるということです。
実際に、自らの老いに適応している高齢者は、この「二次的コントロール」を用いているという指摘(竹村, 2013年)があります。こうした高齢者に共通してみられた特徴を、以下、KAIGO LAB 編集部の解釈を入れながら考えてみます。
これまで自分が築いてきた様々なリソース(資源)が失われ(8つの喪失モデル)たという現実を正しく認識しています。自分がどのような人生をおくりたいのかという希望が、そうした現実からみて無理があると自覚し、希望のもち方を変える必要性を実感します。
「これしかない」といった頑固さではなく、「いろいろな考え方がある」という意識が重要のようです。多様な価値観の存在を知っており、かつ、理解していると、先に自覚された現実に対して、より適合性が高い価値観を選び出すことが可能になります。
自らに残されているリソース(資源)を正しく棚卸ししながら、そうした残されたリソースを上手に活用できるような価値観に、自らを合わせていくという「二次的コントロール」の段階です。自分に残されている可能性を、積極的に見つけ出すプロセスでもあります。
人間にはそもそも一貫していたいという欲求がありますから、それに逆らって価値観を変化させていくには、それなりのパワーが必要になります。しかし、このパワー自体が減っていくのが老いるということです。適応が上手な人は、身近な人との交流を通して、このパワーを得ている可能性があります。
※参考文献
・近藤勉, 『高齢者の心理』, ナカニシヤ出版(2010年)
・厚生労働省, 『高齢者の自殺の特徴』
・竹村 明子, 『生涯発達と二次的コントロール』, 仁愛大学研究紀要, 人間学部篇(第14号), 2015年
・竹村 明子, 仲真紀子, 『身体や健康の衰退に調和するための高齢者の対処:二次的コントロール理論を基に』」, 発達心理学研究 24(2), 160-170, 2013-06-20
・串崎 幸代, 『Eriksonによる自我の統合の先にあるもの:後期高齢者における老いの意味とは』, 千里金蘭大学紀要 11, 11-17, 2014-12-24
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