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なんらかの理由で親元では生活できず、孤児院で養育されることになる子供は、歴史的にも多数います。1950年代以降、こうした孤児院で育つ子供に関する研究が進む中で、驚くべき事実が明らかになっていきます。それは、孤児院におけるきわめて高い死亡率と、発達の遅れでした。
こうした子供は、大人になっても、他者に対して愛情を持って生きることが困難になるようです。結果として、他者の権利や財産などについても無頓着になり、非行などの反社会的な活動に巻き込まれやすくなるという傾向も見られました。これを特に「ホスピタリズム(hospitalism/施設病)」と言います。
イギリスの小児科医・発達心理学者、ジョン・ボウルビー(John Bowlby/1907〜1990年)は、こうした悲しい状況が生まれてしまう真の原因は、施設自体にあるのではないことを突き止めます。その真の原因は、母親(または母親の代理)との精神的な絆の欠落にあったのです。
このボウルビーによる研究は、その後も多くの追試(正しさの確認)が行われ、その正しさが証明されています。問題は、孤児院にあるのではなく、幼児期に、母親(または母親の代理)との間に、愛情にあふれた関係性が構築されない環境にあったのです。
これが理解されて以降は「ホスピタリズム(施設病)」という言葉は使われなくなり、代わって「マターナル・デプリベーション(maternal deprivation/母性剥奪)」と呼ばれるようになります。これは、孤児院に限らず、一般の家庭でも十分に起こりうることです。
ボウルビーは「マターナル・デプリベーション」が発生してしまうポイントを明らかにするため、幼児期の赤ちゃんが母親との間に「愛着(attachment)」を築くプロセスについても研究発表(1969年)しています。
まず、ボウルビーは「愛着」を「人が生後数ヶ月のあいだに特定の人(母親や父親)との間に結ぶ情愛的な絆」と定義しています。そして、この「愛着」の発達過程を4段階に分けて説明しました。これは、いわば人間の自立のステップになっています。以下、その4段階について簡単に説明します。
母親(またはその他の養育者)と、その他の人を(ほとんど)区別できていない段階です。まだ「愛着」の対象が不特定であり、誰に対しても、反射的に同じような反応を見せます。この段階にあるときは、誰に抱かれても、それほど嫌がったりはしません。祖父母などが抱いても嫌がらない(本当は誰でも嫌がらない)ので、祖父母にとっては嬉しい時期でもあります。
母親(またはその他の養育者)に対して、特別な「愛着」を示しはじめる段階です。人見知りがはじまります。母親以外の人に抱かれると嫌がるような状態になっていれば、この段階にあると考えられます。祖父母にも抱かれることを嫌がるようにもなり、祖父母から「甘やかして育てている」という非難が出されることもありますが、これはむしろ正常な発達であり、間違いです。
母親(またはその他の養育者)から離れることを極端に嫌がる(分離不安のある)ような時期です。一般に、激しい人見知りは、生後7〜8ヶ月ごろからはじまります。母親を見失うと「ママ!」と叫び、パニック状態にもなります。この段階になると、母親以外の対象に対しても、あらたな「愛着」を形成しはじめます。あらたな「愛着」の形成先としては、いつもそばにいてくれて、自分を守ってくれる存在(祖父母など)がその対象となります。
母親を心理的な「安全基地」として、そこを出て、しばらくして帰ってくるという行動が散見されるようになります。そして、常に周囲に母親(またはその他の養育者)がいなくても、パニックにならず、心理的な安定が見られる段階です。ひとりで遊べるようになり、行動範囲が広がります。母親が見えないところまで行動範囲が広がるため、迷子になったりもしはじめます。
ボウルビーは「唯一の人物に自己の愛着を向ける機会がなければ「人を愛せない性格」がつくられる」と述べています。孤児院での悲しい状況を生み出してしまうのは、先に述べた「愛着」を形成するためのステップのどこかが欠落してしまっているためだと考えたのです。
「マターナル・デプリベーション」とは「マターナル=母性」+「デプリベーション=剥奪」で「母性剥奪」という意味です。幼児期に「母性剥奪」があると、その後の成長において、あらたな「愛着」の形成が苦手になります。
過去にも記事にした通り、高齢者であっても「愛着」の対象があればこそ、元気でイキイキと暮らすことが可能になります。しかし、幼児期に「母性剥奪」があった高齢者の場合、ここがうまくいかない可能性もあるのです。
特に、現代の高齢者は、戦前・戦後の混乱期に生まれており、兄弟姉妹も人数的に多いという関係上「母性剥奪」の環境にあったとしても不思議ではありません。そうした背景についても認識した上で、少しでも豊かな人間関係の構築を手助けしていきたいものです。
※参考文献
・平野 美沙子, 『アタッチメント(愛着)形成と、保育の役割』, 環境と経営, 第19巻, 第2号(2013年)
・内田 伸子, 『「愛着」-乳幼児期からの子供教育支援プロジェクト』, 東京都教育委員会
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