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【介護の心理学9】最近接発達領域(zone of proximal development)

最近接発達領域(zone of proximal development)

誰かの助けがあると、もっとやれる

人間には(領域1)自分だけでできること(領域2)誰かの助けがあるとできること(領域3)助けがあってもできないこと、の3つがあります。ここで(領域3)については仕方のないことで、あきらめるしかありません。(領域1)については、すでにできることですから、放っておいて問題ありません。では(領域2)についてはどうでしょうか?

ロシアの心理学者レフ・ヴィゴツキー(Lev Vygotsky)は、この(領域2)を大事なところとして定義しました。これまで(領域1)の自分でできることを増やすということに注力してきた教育業界にとって、これは大きなショックだったのです。この領域のことを「最近接発達領域(zone of proximal development)」と言います。専門家の間では、英語の頭文字をとって「ZPD」とも呼ばれます。

たとえば、ある子供が、理科の問題を解いていたとします。このとき、どうしても自分の力では解けない問題があったとします。そこで、この子供は参考書を調べてみました。その参考書に従って、再度問題にあたってみたところ、よく理解することができ、問題を解くことができました。このとき、この子供にとって、この理科の問題は(領域2)にあることがわかるでしょう。

そう考えると、一見すれば「自分には難しくてとてもできない」と感じるようなことも、誰かの助けがあればできるという可能性が見えてきます。この領域は、一般に想像されている以上に大きいと考えられています。人間は、優れた助けがあれば、多くの問題を解決し、成長していくことができるはずなのです。

ヴィゴツキーは、これを学校教育に限定しながら、子供にたいしては「できるか、できないか」というギリギリのところ(ZPD)の問題を出していくことが重要としています。本来は学校教育に限定されているという点には注意が必要ですが、拡大して解釈すると、多くの分野に応用できる考え方です。

介護の現場における最近接発達領域(ZPD)について

介護の現場でも「ZPD」に配慮した考え方が浸透しています。以下、3つほど事例をもとにして考えてみます。もっと広い範囲に応用できると思うので、そこは自分でも考えてみてください(こうした投げかけ自体も「ZPD」になっている点は面白いですね)。

1. リハビリにおける「ZPD」の管理

特にリハビリにおいては、作業療法士などは、要介護者の「ZPD」を慎重に観察してリハビリ課題を設計しています。すでにできることを訓練しても仕方がないですし、また、できないことをやらせてもモチベーションが得られないからです。「ZPD」に配慮されたリハビリ課題をこなすうちに、要介護者のできることは増えてきます。するとまた、新たな「ZPD」をもったリハビリ課題が与えられていくという具合に、リハビリ課題は、日常生活における自立に向けて、徐々に高度になっていくのです。

2. 介護者(家族)が介護を学んでいく

介護がはじまったばかりのころは、誰にとっても、介護は難しくて、どこまでも辛い作業になりがちです。しかし、難しそうに見える介護の知識・技術は、多くの人にとって「ZPD」の領域にあります。ベテランの介護職は、これを意識しており、少しずつ家族が自分でも介護ができるような指導をしてくれます。もちろん、時間的・距離的な制約があって、そうした指導を受けられない場合も多いです。しかしそれでも、ベテランの介護職は「いつか、自分でも介護しなければならなくなったとき」に備えて、知識面だけでも教えようとします。

3. 家族会に参加することで「ZPD」が意識される

家族会への参加は「介護に関する考え方」を学ぶ場として、とても重要です。自分にはとても無理と思えたことも、他の家族が難なくこなしているのを見ると、そこに「ZPD」が意識されるからです。「教えてもらえれば、
自分にもやれるかもしれない」という気持ちになれれば、将来の介護の負担が減らせるという希望にもつながります。これは、きちんと介護を学んでいくというモチベーションにもなるでしょう。

優れた教師に出会えるかどうかが大切

何事もそうなのですが、人間は、自らの限界を突破していくことで成長していきます。この限界を突破するとき、私たちは、誰かの助けが必要になります。ここで、誰かを助けるのがうまい人(優れた教師)に出会えたら、多くの「ZPD」を克服していくことが可能になります。そう考えると、私たちにとって大事なのは、優れた教師であるという、あたりまえすぎて忘れられがちな事実が認識されます。

介護がはじまると、どうしても「丸投げ」できる介護サービスを探しがちです。しかし「丸投げ」を続ける限りにおいて、自らの「ZPD」はいつまでも変化しないわけで、介護に関して成長していくことはできません。

もちろん、仕事との両立の中で、とても自分では介護をする時間がないというケースも多いでしょう。しかしそれでも、介護そのものについて学んでいくこと自体を止めてしまえば、長期的には、介護の負担は減らせないのです。

本来の、日本の介護保険制度の理念は「介護の社会化」でした。しかし現実には、介護の責任はまだまだ家族にあります。今後、日本の介護保険の財源は枯渇していきます。この結果として、これまでは介護のプロに頼りきりだったことも、自分でやらなければならないという状況が増えていきます。そうしたときにあわてないためにも「ZPD」を意識して、介護のプロから介護の知識・技術を教えてもらうという態度が求められるでしょう。

※参考文献
・堀村志をり, 『最近接発達領域は「可能性の領域」か : 発達の力動の観点からの考察』, 研究室紀要 (39), 43-52, 2013-09
東京大学大学院教育学研究科基礎教育学研究室

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