KAIGOLABの最新情報をお届けします。
(かつて気仙沼市鹿折にあった第18共徳丸/KAIGO LABスタッフ撮影;2013年8月)
日本の国土面積は、全世界の0.3%程度にすぎません。しかし、この小さな国土では、マグニチュード6を超える地震の2割が発生しています。東日本大震災から7年が経過した今日、いまいちど震災と介護について考えてみたいと思います。
まず、ニュースで取り上げられることは減りましたが、東日本大震災の被災現場では、復興の二極化が深刻になってきています。力強く復興できたところもあれば、震災の影響から抜け出すことができず、苦しみ続けているところも多数あります。
そうした復興の二極化は、介護という側面からも観察することができます。必要なサービスを必要な分だけ受けられているところもあれば、そもそも介護サービスが壊滅してしまったままの地域もあります。特に被害の大きかった地域では、復興住宅が整備されても、周辺に介護サービスがないといったことが起こってしまっています。
結果として、生活不活発病(廃用症候群)が深刻化し、復興住宅から自宅に帰宅することなく亡くなった方も多数でてしまいました。繰り返しになりますが、日本は震災の多い国です。そこから学び、少しでも、同じことが繰り返されないようにしなければなりません。
震災は、いつかは、自分のいるところでも発生するという意識を持つことが重要です。そのとき、住み慣れた地域は失われ、長期に渡る仮設住宅などでの生活となる人も多数でます。仮設住宅での生活は、高齢者から日常的な活動を奪い、要介護となるリスクを高めます。要介護者の状態も悪化しやすくなります。
そもそも、介護事業者も被災することになります。しかし、介護事業者の存在は、地域の復興において、真っ先に求められるものになります。もはや介護は、高齢化が進む日本において、水や電気に匹敵する社会インフラだからです。
介護業界で働く介護職には、いざ震災が起こった場合、介護のプロフェッショナルとしての仕事が求められます。東日本大震災では、介護職が、瓦礫の処理など、介護ではない仕事に駆り出されてしまうという「リソース配分の失敗」が起こってしまいました。
少なからぬ高齢者の視点からすれば、介護職がいなければ、生命の危険が生じてしまいます。当たり前ですが、瓦礫の処理も大切な仕事です。しかし介護の専門性は、特に震災のような非常時には、それを使うべきところがあります。介護は、誰にでもできる仕事ではないからです。
いまも、東日本大震災の後遺症に苦しむ人は多数います。忙しい日常生活の中では、あれから7年も経っていれば、どうしてもそれを忘れてしまうこともあるでしょう。だからこそ、せめて、今も東日本大震災の被災地で活動するNPOなどのために寄付をするという活動も大事だと思っています。
なお、現地では「被災地」という言葉に不快感を感じる人も多いことには注意も必要です。いつまでも被災地ではなく、魅力ある日本の地域として認識してもらえないと、本当の意味での復興はないからです。ただ、ここには二極化があり、被災地としか言えない状況は、いまだに存在することも事実です。
私も、自分なりにできることとして、昨日(2018年3月10日)チャリティー講演を行いました。講演会に参加いただくための参加料は、全て、ハタチ基金に寄付することになっています。少しでも寄付をすることは、寄付を受ける側よりもむしろ、寄付をする側に変化をもたらすと思っています。
私自身が、こうした活動をしていないと、震災のことを忘れてしまいそうなのです。しかしいつかは、自分自身も被災者になります。震災を忘れてしまうということは、自分自身のリスクだと認識しているからこそ、私はこうした活動を続けています。善意からの活動というよりも、リスク回避としての活動だということです。
KAIGOLABの最新情報をお届けします。