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仕事と介護の両立における役割間葛藤(inter-role conflict)について

仕事と介護の両立における役割間葛藤(inter-role conflict)について

役割間葛藤とは?

人間は、様々な社会的な役割(role)を持っています。自宅では夫婦としての役割、親としての役割、職場では上司・部下としての役割、趣味のサークルでは参加者としての役割など、通常は、複数の役割を使い分けて生きています。そして、こうした役割の間(inter-role)にぶつかり合い(葛藤)が生じてしまうことがあります。これを特に、役割間葛藤(inter-role conflict)と言います。

その典型的なものが、仕事と介護の両立において生じる役割間葛藤です。特に、要介護者に認知症がある場合、この役割間葛藤が強くなり、介護をする家族のメンタルヘルスも悪化させるという指摘があります。この役割間葛藤には、仕事からの要求によって思うような介護ができないという方向と、その逆で、介護のために思うような仕事ができないという方向の二方向があるのは当然です。

さらに、アジアには、子供が親の面倒を見るべきという扶養義務感(filial obligation)の存在が確認されています。これによって、介護が必要になった親の面倒を他者に任せて、自分は仕事に励むことに罪悪感を感じやすいとも言われています。すると、アジアでは、仕事と介護の両立をめぐる役割間葛藤は、欧米よりも大きい可能性もあります。それにも関わらず、役割間葛藤の研究は、アジアよりも欧米で進んでいるのが現状です。

日本の研究者による役割間葛藤の研究

日本では、この分野の研究を、広島国際大学の森本浩志助教(臨床心理学・健康心理学)らのグループが研究しています。そして、日本における仕事と認知症の高齢者の在宅介護を両立させようとしている家族の役割間葛藤を測定する手法(介護―仕事葛藤尺度)の作成に(今後の課題もあるものの)成功したという論文(森本, 2017年)が発表されています。

また、この森本助教らは、過去に、こうした役割間葛藤が生み出すストレスを軽減する(コーピング)ための対策についても研究しています。こちらの過去の研究は、限定的なケースに対する調査研究なので、一般化はできません。今後は、より多くのデータを取得していくことが望まれます。とはいえ、ヒントとしてかなり参考になる部分もあるので、こちらの内容についても、以下、少しだけ触れてみます。

この研究(森本, 2014年)によれば、まず、仕事と介護の両立には(1)介護から仕事への影響(2)仕事から介護への影響(3)仕事と介護から自分の生活への影響(4)周囲の無理解、というストレス要因があることが示されています。先に述べたような、介護から仕事、仕事から介護への影響という二方向だけを見ていると間違うということです。

この研究において示された恐ろしい仮説は、そもそも、認知症の高齢者を在宅で介護する場合、仕事や自分への生活は犠牲にせざるを得ない(かもしれない)ということです。そこをあきらめているケースが多いため、そもそも「どちらを優先させるべきか」という葛藤自体が少ないという結果が見られたのです。また、この研究は、これを配偶者の有無(既婚者、未婚者)との関係についても踏み込んでいます。

既婚者は、意外なことに、未婚者よりも「介護から仕事への影響」をストレスに感じていることが多かったとのことです。本来、パートナー(夫や妻)がいれば、ここの負担は小さくなりそうなものです。しかし、自由記述の結果などからは「家族への配慮から助力を頼みにくい」といった意見が散見されたのです。これは、本来は助けを求めることができるパートナーがいるにも関わらず、その助けが得られないために、返ってそれがストレスになってしまうという皮肉な結果です。

未婚者は、既婚者よりも「周囲の無理解」という点で、ストレスを感じていました。既婚者は、パートナーに助力を頼みにくいものの、仕事と介護の両立がいかに大変なものであるかについては理解を得ているということです。パートナーがいないほうが、自分でやるしかないという覚悟ができやすいため、介護から仕事への影響についてはいちいち悩まないのでしょう。しかしそれは孤独な戦いであり、その点での対策が必要になってきそうです。

役割間葛藤によるストレスを軽減するための対策

こうした役割間葛藤によるストレスを軽減するための対策としては(1)家族や友人によるサポート(2)介護職らによるサポート(3)職場からのサポート(4)介護の工夫(5)介護に対する考え方の工夫(6)時間や負担の調整(7)気晴らしや休息、という7種類が確認されています。しかし、具体的に、どの対策が、どのようなケースに有効なのかということは、まだわかっていません。

とはいえ、すでに仕事と介護の両立に苦しんでいる人は、研究の積み上げを待っていられません。その場合であっても、先の7種類の対策に照らして、自分は(または利用者の家族は)どの点に強みと弱みがあるのかを認識したいところです。その上で、強みを伸ばし、弱みを改善するということしか、今のとこと、打てる手立てはないということになります。

日本の未来にとって、仕事と介護の両立は、非常に重要なものになってきます。介護離職が発生してしまうと、ただでさえ足りていない労働力が減るだけでなく、国の税収もまた減ってしまうからです。日本の社会福祉を充実させるための税収が減ってしまえば、介護離職は、さらに増加してしまうという悪循環にもつながります。

こうした前提にたったとき、今回紹介したような、仕事と介護の両立に関する研究の重要性もまた強調されてくるでしょう。自分たちもまた、こうした研究に参加できたら素晴らしいです。それが難しくても、可能な範囲で、こうした介護に関する研究者たちを応援していきたいものですね。

※参考文献
・森本 浩志, et al., 『認知症高齢者の家族介護者の役割間葛藤の測定』, 心理学研究Vol.88(2017), No.2, p.151-161
・森本 浩志, et al., 『認知症患者の家族介護者の役割間葛藤の記述的検討』, 広島国際大学心理科学部紀要, 2014

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