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渡邊智仁さん
渡邊智仁さんは、宮城県石巻市において様々な介護サービスを提供する「ぱんぷきん株式会社」の社長です。1996年より介護事業をはじめ、現在では、訪問介護、デイサービス、介護施設、小規模多機能、介護タクシーと、一般に求められる介護サービスの、ほとんどすべてを網羅しています。
「ぱんぷきん株式会社」の活動拠点となってきたのは、石巻市、東松島市、女川町と、震災による津波で甚大な被害を出した地域です。実際に「ぱんぷきん株式会社」の施設も、11拠点中6拠点が被災しています。被災した事業所の中には、津波により、亡くなられた方もいます。
東日本大震災から5年という時間が経ったいま「私たちにできること」を考えるため、石巻市の「ぱんぷきん株式会社」本社にて、渡邊さんへのインタビューを行いました。
渡邊さんは、自分の経営する施設が全壊するといった被害を受ける中、被災地の介護事業者として、震災の当日から、地域の人々の支援を開始しています。なお、渡邊さんの施設は、介護事業者の中でも、もっとも被害が大きかった事業者の1つとして認識されています。
「ぱんぷきん株式会社」は、震災の直後、生き残った管理者を全員集めて「うちの会社はつぶさない。みんなの雇用も確保する。4月1日から、復旧できるものはすべて復旧する」という宣言を行っています。はっきりとしたビジョンを掲げることで、復旧に向かう職員の迷いをなくしているのです。
渡邊さん自身も、電気も水道も復旧していないころから支援に動いています。特に、こうした災害においては、支援物資やマンパワー(地元の人、ボランティアなど)を「適切に分配する」という機能が、復旧の要になります。渡邊さんは、この機能を担った人物としても有名です。
震災を免れたすべての事業所の電気と水道の確保が可能になったのは、震災から2週間ほど経った3月末でした。それでも、宣言していた4日後の4月1日には介護サービスの再開をし、全国介護事業者協議会(民介協)と連携して、自力での入浴が困難な高齢者への訪問入浴支援もスタートさせています。
避難所の近くにテントをはり、そこに入浴所を設営した上で、高齢者を避難所から車イスで移動して支援を提供するといった状況でした。場所によっては、電気や水道が復旧していませんでした。そうした場合は、発電機を持ち込んだり、バケツリレーを行ったりして、入浴の支援を行いました。こうした活動を皮切りにして、介護の内容を充実させていったのです。
最初に困ったのは、内外との連絡を取り合う手段がなかったことです。電話もつながりません。道路が寸断された地域も多かったのです。それでもなんとか、自社のタクシーを走らせて、各拠点に車を配備し、電話の代わりにアナログ無線を使ったそうです。
職員のメンタルヘルス問題が、震災から半年を過ぎたころから出てきました。職員に限らず、震災直後は、とにかく前を向いて活動をしていた人々の多くが、心の糸が切れたようになっていきました。ここでは、渡邊さんは、外部の専門会社と契約をして「ガス抜き」ができる場の提供を行っています。
そして、やはり支援物資やマンパワーの分配で悩みました。本来は、自治体や社会福祉協議会(社協)が行うべきことです。しかし、緊急時であり、被災して連絡のつかない人も多くいたため、この機能が失われてしまっていたのです。介護の専門職が泥かきにまわされていたり、一方で山積みになっている支援物資が、他方ではまったく足りていないという状況が生まれていました。
そこで渡邊さんは「必要なところに、必要な手をさしのべていく」という戦略をとりました。「どこで何が必要なのか」というニーズの調査と、「どこに何があるのか」というリソースの把握に努めたのです。このスタンスは、将来またどこかで発生する災害に対応するためにも、学んでおきたいものです。
まずは、そもそも、日本の介護業界が持っているのと同じ課題があります。なによりもまず、人材不足です。「ぱんぷきん株式会社」は、現在、グループで250人規模の会社ですが、それでも人材は足りていません。
こうした中、渡邊さんは「元気な高齢者が、助けが必要な高齢者の支援をする」という提案を、地元自治体に持ちかけ、実行に移しています。現在は、30人程度の高齢者が、トレーニングを受けていたり、実際に介護予防・健康づくりの担い手として稼働しています。
次に、渡邊さんが注力しているのは「介護事業の枠を超える」ということです。震災の経験から、渡邊さんが確信したのは、介護事業という枠の中に閉じこもっている限り、本当の意味で、地域への貢献はできないということです。
震災は、渡邊さんに、地域の内外、事業の内外といった枠を越えて、みなで協力をすることの可能性を示したのです。介護事業者であるかどうか、要介護者であるかどうかといった枠を越えて「いま、目の前で困っている人を助ける」ために、周囲と協力して、仕事を進めています。
渡邊さんは、こうした活動を、自分たちの暮らす地域に限定せず、もっと広く進めていこうとしています。現在は、介護事業者による「大規模災害時広域相互支援ネットワーク」の必要性を明らかにして、それを後世に伝えるというプロジェクトを推進しています。
被災地も、あれから5年が過ぎて、日常を取り戻しつつあります。それでもまだ、仮設住宅を出て、復興住宅への引越しが済んでいるのは、4割程度にすぎません。他にも、様々な課題が残っています。
こうした課題は、もちろん、地元が主導して解決していくべきことです。しかし、どうしても、地元の枠内だけで物事を考えていると煮詰まります。「大災害が起こった場合、どのように対応していくべきか」というスケールでの思考を進めるには、地域外の人々の協力が必要です。
具体的には、スマートシティー構想などを進めている企業があれば、ぜひ、協業したいと思っています。介護が充実していたり、災害に強いというだけでなく、多様な人々が安全・安心に、文化的にも優れた暮らしをおくれる都市のデザイン・実装について、一緒に考えてくれる組織を探しています。
KAIGO LABは、介護業界の外からの目線を持っているので、とても注目しています。介護メディアは、他にも多数ありますが、その多くは、介護業界にいる人がライターとして執筆しているものです。その点、KAIGO LABは、とことんビジネスパーソンの視点から書かれているので、介護業界にいる人間としては、とても新鮮です。
これから介護に関わってくる人々は、必ずしも、介護業界の専門職だけではないと考えています。そうした意味からも、KAIGO LABには期待しています。介護の専門知識よりもむしろ、とにかく「人生をより豊かにすごす」という、もっと大きな視点からの意見を発信してもらいたいです。そこから、私たちのような介護の専門職も、多くのことが学べると思っています。
そして最後に、KAIGO LABには、高齢者の可能性についても、もっと発信してもらいたいです。高齢者とは「ただ、人生の晩年を消化する存在」ではありません。高齢者は、経験はもちろん、能力的にも充実していて、もっと社会に貢献することができます。高齢者を、社会のお荷物としてとらえるのではなく、優れた社会的リソースとしての役割を担うような、そうした構想を共に考えて行きたいです。
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