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ボディメカニクス(body mechanics)とは「body=身体」「mechanics=機械学」という、人間の身体を機械として考えたときの特徴を明らかにする学問のことです。具体的には、人間の運動機能を構成する関節、筋肉、骨、神経といった部位の相互作用を理解することで、適切な運動を考える技術を扱っています。
介護においては、要介護者を移動させたり、持ち上げたりするといった運動が必要になります。このとき、ボディメカニクスに関する基本的な知識がないと、最終的には腰痛に悩まされることになります。
ボディメカニクスを学んでいるはずの介護の専門職でさえ、その業務上疾病(=職業病)として報告されるものは、腰痛が全体の8割にもなるのです(実際には、保健衛生業全体での数字)。実は、介護職を続けたいと思っても、腰痛で、それを断念する人も少なくありません。
そして残念なことに、現代の医学では、腰痛の直接の原因を特定することは非常に困難です。原因不明の腰痛(=非特異的腰痛)が、患者の約85~90%というのが現実であり、いちど腰痛になってしまうと、一生、腰痛と付き合いながら生きていかないとなりません。
介護は、平均でも10年程度は覚悟しないとならない長期戦です。長期に渡って、要介護者の身体を動かすことになるからこそ、ボディメカニクスを理解して、できるだけ腰痛にならないように、また、腰痛になったとしても、それを悪化させないことが重要になります。
介護の世界では、正しい動作によって、腰痛をはじめとした各種の業務上疾病(=職業病)を回避するためのボディメカニクスの基本原理が教育されています。これは、介護の専門職でなくても、介護に関わることになれば、必ず学んでおくべきことです。
専門的には、多数の教育プログラムがあり、ボディメカニクスの原理もたくさんあります。その中でも、特に、以下に示す8つの基本原理については、非常に大切なものになってきます。面倒だと考えずに、一度は頭に入れて、チャンスがあれば、介護の専門職から直接の指導を受けるようにしましょう。
なお、これらは日本の武道(柔道、空手、合気道、弓道、相撲など)をイメージすると、理解しやすいと思います。実際に、武道の指導者が、介護職や介護者の指導をしていることも少なくありません。
支持基底面積(しじきていめんせき)とは、要介護者を支えたり、持ちあげたりするときの足場となる面積のことです。より厳密には、足の裏など、床と接しているところで囲まれた、足の下の面積を指す専門用語です。足を開いて立つと、この面積が大きくなります。逆に、足を閉じて直立すると、この面積は小さくなります。さらに、足を左右だけでなく、前後にも開くと、支持基底面積は広くなります。これに加えて、身体の重心を低くすることで、介護者の身体はより安定します。できるだけ足を開いて立つだけでなく、膝(ひざ)を曲げることで自分の腰を落とした姿勢を取り、安定を確保します。どっしりと身体を構える空手の演武のようなイメージを持つと良いかもしれません。
重たい物を持ち上げるときは、対象となる物を、身体を引き寄せるようにするでしょう。これと同様に、要介護者と自分の身体(正確には重心)を近くすると、要介護者を動かしやすくなります。身体を密着させることで、この効果はさらに高まります。相撲において、相手のまわしを引き寄せるときのイメージを持つと良いかもしれません(もちろん、要介護者を投げてはいけません)。まずは、身体を密着させることを心がけてください。少し慣れてきたら、要介護者と自分の双方の重心を意識して、重心自体を近づけるようにできると、不思議なほど簡単に要介護者を移動させられるようになります。
腕の筋肉だけを使っていると、すぐに疲れてしまいます。使う筋肉をしぼりこむと、それだけ、身体の一部への負担が上がってしまうのです。要介護者を移動させるときは、腹直筋(お腹の筋肉)、背筋(背中の筋肉)、大胸筋(胸の筋肉)、大殿筋(お尻の筋肉)、大腿四頭筋(太ももの前側の筋肉)などを意識すると良いとされています。イメージするのは、ボディービルの大会でしょうか。これと同時に、要介護者を上下に動かそうとするのではなく、水平に動かすことを心がける必要があります。上下に動かすのは、地球の重力と戦うことであり、水平に動かすのは、この戦いを避けることだからです。
要介護者を移動させる前には、要介護者に腕や足を組んでもらって、動かそうとする身体をコンパクトにまとめると、楽になります。たとえば、ビニールシートなどは、広げたままで運ぼうとするよりも、たたんでから運んだほうが楽でしょう。要介護者の身体をコンパクトにすると負担が軽くなる背景には、これと同じ原理が働いています。レスリングで、相手に投げられまいとする選手は、できるだけ身体を広げますね。これと同じように、要介護者が身体を広げてしまっていると、それを移動させるのは非常に困難となります。レスリングにおけるディフェンスの逆をイメージしましょう。
要介護者を移動させるときは、押し出すように移動させるのではなく、自分の身体に引き寄せるように移動させると、負担が小さくなります。人間がなにかを押し出すようにするときは、力が前方向に広がっていきますね。これは、力が分散されているということです。逆に引き寄せるようにするときは、力を自分の腹のあたりの1点に集約されていきます。これは、力が集中しているということです。相手を突き飛ばそうとするのではなく、相手を引き込むことで投げ技をきめる合気道をイメージすると良いかもしれません。
背筋を伸ばしながら、膝の屈伸によって身体を上下させると、自分の重心を簡単に移動させることができます。また、膝の屈伸を使うことで、腰を痛める可能性を低くできるのです。武士の心得としても、左の膝を常に意識し、急な攻撃にも対処できるように指導されます。膝を意識することで、それに連なる大きな筋肉も連動され、自然と背筋が伸びると言われます。そもそも腰痛は、姿勢が悪いことから起こると考えられることもあり、この点は非常に重要です。姿勢を正しつつ、膝の屈伸によって自分の重心をコントロールするという意識を持ってください。
不自然に身体をねじる(腰と肩の平行を崩す)と、腰痛になってしまいます。また、身体をねじると、本来の力が出せないことがわかっています。日本の武道においても「ねじらない」「腰で切る」といった伝承が大切に守られています。実際に、武道では、攻撃力を発揮するために、腰と肩を平行に保つ訓練を繰り返します。腰を回す力を、そのまま肩を回す力に変えるということです。腰と肩の平行を崩して打撃をすると、上半身をねじるときの筋肉の力だけの打撃になってしまいます。これに対して、腰と肩の平行を保って打撃をすると、腰を回すための足の筋肉の力と、地面を踏み込む自分自身の体重を打撃に乗せることが可能になるのです。
テコの原理とは、支点(支えとなるポイント)、力点(力をいれるポイント)、作用点(力を生み出すポイント)を理解することによって、小さな力を、大きな力に変えるために必要となるものです。要介護者を動かす前に、ベッドに膝(ひざ)や肘(ひじ)を押し付けたりするでしょう。これは、テコの原理を利用しようとしているからです。これと同様に、要介護者を移動させようとするときは、どこかにテコの原理を発生させられないか、事前によく考えてから実際の動作に入ると効果的です。柔道における足技、合気道における投げなどは、まさにテコの原理の応用になります。
※参考文献
・黒澤 貞夫, et al., 『介護職員初任者研修テキスト』, 中央法規(2013年)
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