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化粧を通して高齢者を元気にさせようとする活動は、介護現場でも比較的よく見ます。たとえば資生堂は、2011年から、これを「化粧療法」として整え、推進しているようです。高齢者の活性化と、企業の実利が結びつく、よい例ですね。以下、中日新聞の記事(2016年1月20日)より引用します。
指や手、爪を美しく手入れして長生きしよう-。資生堂は今年から、施設に通う高齢女性に元気になってもらおうと、高齢者施設などで働く人や、介護に関心のある一般の人を対象にしたネイル講座とハンドケア講座を始める。爪を彩るネイルと手指のマッサージは、集中力を高め、家族らとのコミュニケーションを広げる効果も期待できるという。(中略)
教室を主催したのは、化粧を通じて健康寿命を延ばしたり、認知症予防につなげたりする「化粧療法」を二〇一一年から進める資生堂。同社の「ビューティーセラピスト」が講師を務めた。資生堂によると、高齢者が化粧をすることで脳の活動が高まり、生きがいを持てるほか、眉墨やファンデーションを塗る動作によって、腕の筋力や握力が向上するという。要介護状態のお年寄りが食事やトイレの際、自立してできる動作が増え、介護負担が減るといった効果も報告されている。
高齢者にとって、化粧は、時間つぶしのレクリエーションではなく、それ以上の意味がありそうです。そこで「化粧療法」と呼ばれるものが、いったいどのような理論にもとづいているのか、少し調べてみました。
「化粧療法」に関する研究は(1)その可能性を明らかにするもの(2)その限界を明らかにするもの、の2つで出来ています。可能性の強調のほうが面白いので、そちらに偏りがちではありますが、やはり限界についても正しく理解する必要があるでしょう。
まず「化粧療法」が体系的に研究されるようになったのは、1985年に出版された『The Psychology of Cosmetic treatments』(邦題『化粧の心理学』早川訳, 1988)からと言われています。比較的、新しい分野ということです。
研究者たちが注意しているのは「療法」という言葉の使い方です。一般的に、研究者は「化粧療法」という言葉の使い方には、かなり慎重なようです。「療法」というからには、そこに、統計に元づいた理論があり、目標の設定と理論の実践、確かな効果測定がなければなりません。
しかし現状の「化粧療法」は「化粧を用いて、魅力的な外見を作り出せば、症状が改善する」といった安易な使われ方をしています。これが治療法のひとつとして認められるためには、理論を前提とした共通の運用プロセスを確立しないとならないはずです。
ところが「化粧療法」というのが一般に興味深いものであるためか、メディアなどで、いい加減な使われ方をしています。結果として、あれもこれも「化粧療法」ということになり、研究は混乱してしまっています。
言葉だけみても「化粧療法」以外にも「コスメティックセラピー」「リハビリメイク」「セラピーメイク」「化粧エステ療法」という具合に広がりを見せており、その中身は「化粧で、活性化」といった、どうにも安易なものが乱立しているのです。
多くの研究者が「正しい方法で、正しく実施した化粧には、よい効果が期待できる」と考えています。しかし介護現場では、とにかく化粧をするイベントが乱発されているだけで、そこに理論的な背景があるかどうか、怪しい状態です(もちろん、本当に優れたものもありますが)。
化粧には、大きな可能性があります。だからこそ、現場と研究者が上手に連携して、優れた理論と導入プロセスを確立していく必要があります。数あるレクリエーションの中のひとつではなく、より意義深いものとして、介護業界全体で、しっかりとデータを取得していきたいですね。
※参考文献
・中日新聞, 『高齢者、ネイルで脳の活動アップ 資生堂が講座』, 2016年1月20日
・荒川冴子, et al., 『化粧療法による被介護者と介護ボランティアの精神的活性化』, 仙台大学大学院スポーツ科学研究科修士論文集7, 2006
・野澤桂子, 沢崎達夫, 『化粧による臨床心理学的効果に関する研究の動向』, 目白大学心理学研究2, 49-63, 2006
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