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意思の強さを前提とせず、ダメな自分でも熱中できることを見つけたい(自発的な介護に近づくために)

意思の強さを前提としない勉強

大学入試センター試験ですね

大学入試センター試験が、昨日(1月16日)から始まっています。過去最多となる850の大学・短大が利用しているそうです。受験生のみなさんは、頑張ってきたことを出し切ってもらいたいですね。

受験では、多くの学生が、実質的に「意思の強さ」を競っている側面があるでしょう。多くの誘惑に負けず、基本的に、しっかりと時間をかけた人が勝つ形になっています。特にセンター試験は、奇抜な問題が少なく、勉強の量がそのまま得点に結びつきやすい試験です。

大人になると、自分の業績が悪くても「モチベーションが出ない仕事をさせる会社が悪い」みたいな発言をするようになります。しかし受験では、モチベーションのあるなしを言い訳にできません。受験の結果は、自分で納得するしかないものです。

受験時代の「意思の強さ」を持ち続けることはできない

受験時代であれば、多くの人が、モチベーションが上がらないときも、いつもと同じように勉強をして、しっかりと得点を重ねていくようなことができます。しかし、長い人生を考えると、ずっとそうした受験時代のような「意思の強さ」を前提としていくことはできません。

勉強が必要だと思っても、大人になると、忙しさなどを理由にして勉強をサボってしまうのが人間らしい人間です。たとえば、受験のときは英語が得意だった人も、社会人になって数年もすれば、単語もすっかり忘れてしまい、英語のできない社会人になっていたりもします。

一種の熱病のような、受験時代の「意思の強さ」は、それを人生の前提としていくことはできないということです。しかし、勉強を続けていくことが、人生を豊かなものにしていくための必要条件だったりもします。「継続は力なり」ですから、それを受験時代に限らず、生涯にわたって続けられるかどうがか勝負なのでしょう。

そうだとすれば、私たち一人一人にとって、幸せに生きていくためのカギとなるのは「意思の弱い自分でも、続けられる勉強」を見つけるということだと思われます。忙しいときでも、楽しいからこそ、ついつい続けてしまうような、そうした対象を見つけられれば、継続もできます。

介護の中に、楽しさを見つけられるかどうか

介護という分野には(1)医学・生理学・人間工学・心理学・社会学・哲学といった学問からのアプローチ(2)あるべき社会福祉・法律といった制度面からのアプローチ(3)具体的で実用的な介護術・コミュニケーションを中心とした実学からのアプローチ、の3つが(少なくとも)考えられます。

介護の中には、本当に多くの事象が混在しています。その中で、1つでも良いので、興味を持てる対象ができたら、介護への関わり方が変わると思っています。それが見つかれば、どこまでも辛くて長い「受け身の介護」を、なんとか、観察し理解したいと思う「自発的な介護」に近づけていけるかもしれません。

続けられる勉強を介護の中に見つけ、それを家族会などで共有していくことができたら、本当に素晴らしいことです。自分の介護経験を、ただ苦しみとするのではなく、介護地獄に苦しむ仲間たちの負担軽減に役立てることができたら、そこに大きな意味ができるからです。
 

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