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患者中心主義ではなく、関係性中心主義を考えてみたい

患者中心主義ではなく、関係性中心主義を考えてみたい

高齢者にとって健康とは何か

認知症ケアで注目されているユマニチュード(Humanitude)の開発者として著名なイブ・ジネスト氏は、認知症ケアにおいては「患者中心主義」ではなく「関係性中心主義」であるべきと提唱しています。

イブ・ジネスト氏は、高齢者となり、治らない病気を抱えて行く中で、その人にとって健康とは、ただ病気のない状態のことではなく、周囲と良好な関係性を築けていることだと言います(もちろん、病気のない状態が必要ないという意味ではありません)。

だからこそ、ユマニチュードにおいては、認知症の高齢者との関係性を重視し、ケアをする側とされる側が、できるだけ良好な関係で居られることを目指しています。結果として相手のためになることも重要ですが、それ以上に、イマココにある関係性が重要という考え方です。

関係性という評価軸でとらえ直してみる

目の前にいるこの人と仲良くなること・・・相手が自分の親だったりすると、返って難しいことになるのですが、認知症ケアにおいては、とても重要なことです。認知症の高齢者に嫌われてしまえば、その人の介護は、半強制的な作業で埋め尽くされてしまうからです。

認知症になるということは「他者と良好な関係を築くための認知機能」に障害を負うということでもあります。そうした相手との関係性の構築には、健常者の側からの歩み寄りが必要であり、また、それが相手との関係性を決定づける最大の要因になります。

言うまでもなく、入浴・排泄・食事といった基本的な介護技術は絶対に必要です。ただ、そうした介護技術を正しく適用させるには、その前提として、介護をする人が、認知症の高齢者との間に、良好な関係性があればこそという話なのです。

「どうしちゃったの?」「しっかりしてよ!」という禁句

認知症になった相手が、自分の愛する家族だったりすると、どうしても「どうしちゃったの?」「しっかりしてよ!」といった言葉が口をついて出てくるものでしょう。ただ、自分自身のことを振り返ってみれば、そうした言葉を乱用する相手と、良好な関係性が築けたことは少ないのではないでしょうか。

確かに、認知症になるということは「他者と良好な関係を築くための認知機能」に障害を負うことです。しかし、その本人は、誰かと良好な関係を築くことを喜ばしく感じ、根源的に求めています。介護をする側が、この点を目指して行くことが大事なのでしょう。

現実の認知症の介護は、本当に大変です。こうしたユマニチュード的なアプローチが有効でないケースもあります。それでも私たちは、関係性中心主義という考え方があり、そこに可能性もあるということは認識しておきたいです。

※参考文献
・訪問看護と介護(特集), 『ユマニチュー道Q&A』, vol.20, No.4, 2015, 訪問看護と介護(医学書院)

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