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日本の介護をどうしていくのか?政策的な論点を整理してみた

介護に関する政策的論点の整理

多様な領域に渡る介護の課題

先日、様々な省庁の方々に介護に関連するお話をさせて頂く機会がありました。事前に資料を準備する中で、介護に関連する政策的論点を整理していると、本当に多様な省庁にまたがって介護の課題は広がっていることに気づきました。

厚生労働省はもちろん、経済産業省、財務省、内閣府、国土交通省、法務省、外務省、総務省、農林水産省、国家公安委員会などなど。いかに介護の課題が国家的な課題であり、また重要な案件であるかということです。

私たち介護にたずさわる者は、要介護者ご本人や家族の代弁者、あるいは私たち介護労働者自身の権利を主張すれば良いかもしれません。しかし国家公務にたずさわる方々は、多様なステークホルダーの主張や国政を考えながら物事を進めていかなければならないのです。それは本当に大変なことだと感じました。

まずは、私たち介護職や一般の方々にとっても、何が政策的論点になっているのか、以下、大きなトピックスをまとめてみたいと思います。どれも、簡単に解が出せるものではなく、皆さん自身がどのような立場や考えを持つか、実際にどのような案を持つかという考えるきっかけにして頂けたら幸いです。

1. 介護保険制度などの財政に関する論点

ご存知の通り、年金・医療・福祉(介護)のための社会保障財政は、少子高齢化によりかなり逼迫している状態です。こうした中、介護保険制度の財政も年々苦しくなっており、高齢化と介護サービス需要のピークをこれから迎えるにあたり、制度の財源的持続可能性が論点となります。

財源に関する争点は大きく2つです。1つは支出である保険給付の範囲を制限していくことです。つまり、介護サービスが必要な人に保険適用を重点化し、状態が軽度な方や比較的裕福な人には民間や自助努力で対応してもらい、保険適用を外していこうとするものです。

もう1つは財源の収入を増やすことです。つまり、増税や保険料の値上げ、保険料負担年齢を下げることなどです。また、そもそもこうした介護保険制度ではなく、ベーシック・インカムなど、現在の社会保障制度を抜本的に変えてしまうということで、国民の福祉(介護)ニーズに応えようとする道もあるかもしれません。

2. 介護労働者の確保に関する論点

こちらもご存知の通り、増大する介護サービス需要に対して介護労働者の数が足りません。その原因の一つに介護職の賃金の低さが挙げられます。それでは、介護職の賃金を誰にどれだけ上げるのか。その根拠と財源はどうするかということが争点になります。

また、外国人介護職員をもっと増やすべきかどうかということも争点です。条件によると、外国人介護職員の採用は日本人の介護職員を採用するよりもコストがかかる場合もあります。それならば、その分のコストを日本人介護労働者の賃金に充てることが先にできることかもしれません。

そもそも外国人労働者の方々を日本で共に生きる友人として受け入れる制度的心理的なコンセンサスがないまま政策が場当たり的に進んでいることは、国際的な労働市場競争の点からも、人権的な面からも不十分と言えます。この辺りをどうすべきでしょうか。

そして、介護労働者は実は介護保険制度開始以降、年間約8万人ずつ増えている労働市場です。他業種からしても実は稀有なことと言えます。しかしながら、介護業界は非正規雇用のかたが多かったり、生産性が低い業種であることが知られています。

国全体から見ると、将来的には国力が下がることにつながります。つまり介護労働者をどんどん増やすことがそもそも国益にかなうのかということも争点になるでしょう。介護労働者を増やすのではなく、自動化や効率化によって、より少ない介護労働者で回るようにすべきという論点もあるでしょう。

3. 認知症や認知症がある方々の暮らしに対する論点

認知症予備軍と呼ばれる方々も含めると、今後、国民の1割弱が認知症状態になると言われています。国では、認知症予防に力を入れ、数値目標まで掲げて対策に乗り出しています。認知症にならずに健康寿命を延ばせるならば、大半の方は望むことかもしれません。

しかしながら、フランスで抗認知症薬が保険適用外になったことなどもあり、認知症自体を撲滅するということは見通しが立っていません。それならば、認知症になっても安心して暮らせる社会を作るということの具体的数値目標も必要です。

国や自治体、会社や、地域社会がそのように考えを転換させていくこと、実際に暮らしやすい社会のコンセンサスをはかることが大事です。一方で、高齢者の方の交通事故や徘徊による行方不明、電車との事故、家族介護など、多様な社会的課題もあり、それぞれの利害関係者の人権を誰がどこまでどのように尊重すべきかということが争点です。

4. 介護に関する個人の資産形成に関する論点

今や、人生で必要な大きな資金である、教育、住宅に介護(老後の蓄え)が並ぶようになりました。それなりの資産形成をされた人でも、予測不透明な介護生活の中で、その資産を切り崩しても賄いきれない場合が出てきます。

所得が一定以下の人や、就職氷河期世代の子供と同居する要介護者の世帯的な資産の状況は厳しいものがあります。こうした課題について、現在進行形の介護世帯の資産に対していかに負担を強いるか、また、介護生活を控える次の世代の資産形成はいかにあるべきなのでしょう。

あまりに蓄えに寄ってしまうと、消費が落ち込み景気に影響が及びます。また、こうした限りある介護世帯の資産に対して、権利を侵害する詐欺などの犯罪の手も広がっています。人々の権利をいかにして護るのか、それは誰がどこまで行うのか、成年後見制度など、家族との関係も含めた争点があります。

5. 介護の質の向上・生産性の向上に関する論点

介護労働者が不足していることに加え、介護のような労働集約型の業種では生産性の向上が求められています。ただでさえ労働者が不足している中、人員が多いことが手厚い介護と捉えられてしまうきらいがあります。

介護現場の人間よりも、外から見ている人たちの方がこうした課題については認識されている様子で、AIやロボットを活用したり、介護サービスを細分化してデータ化し、介護状態の悪化防止や予防、改善に効果的な介護を効率的に実施できるようにする科学的介護が注目されています。

そして、悪化防止や予防、改善に効果を上げた事業所に対してインセンティブを出していこうとする動きがあります。人々はできるだけ自分でできるようにありたいと願いますし、体が元気になることは望むことだと思います。

一方で、そうしたことが極端になると、改善可能性がある方々、つまり儲かる方々のみを事業者が選別するクリームスキミングという現象も起こりかねません。介護は憲法に定められている、国民が健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障する社会的な仕組みでもあります。

介護職はそれを担保する人権職ですので、一義的な介護のみが良しとされる方向性はリスクもはらみます。介護福祉は、多様な生き方や権利を保障するものですが、それが崩れつつあります。人が生きて、老いて死ぬことという摂理がないがしろにされ、データのみで人の生き方の正しさがコントロールされかねないという哲学的争点もはらんでいます。

6. 介護離職ゼロに関する論点

親等の介護を理由に、現役世代が仕事を辞めざるを得ないという介護離職が問題になっています。政府はこれをゼロにするという目標を掲げています。これを機に、そのために必要な介護労働者の待遇が向上しているというのは歓迎するところです。

しかし一方で、現役世代の生活を優先することと、要介護者の人権が天秤にかけられているという現実もあります。この政策目標が掲げられる以前は、どちらかといえば誰もが住み慣れた自宅で暮らし続けられる社会を目指すことが主流でした。しかし今は、現役世代の負担を軽減が優先されつつある社会になっています。

介護家族支援のサービスや情報が増えていることからも分かる通りです。現場の肌感覚でも、簡単に施設に(本人以外の誰かが決めて)入れるという割合が増えています。仕事と介護の両立に加え、子育ても抱えるダブルケア、若い世代が介護に携わるヤングケアラー問題など、現役世代には多様な課題がのしかかっています。

ただ、働ける、生産価値のある人間だけがあまりにも優先されてしまえば、その先にあるのは優生思想であり、形を変えた尊厳死にもなりかねません。ダイバーシティが注目される中、世界では移民や多民族の排斥が進んでいます。これは日本においては、高齢者や障害者の方々に向き始めてはいないでしょうか。

7. 都市部への人口集中に関する論点

東京など大都市圏に人口が集中する一極化現象が進んでいます。これは介護に限らず多様な争点を含む課題です。その中で、介護においては、介護サービス需要の偏重と介護サービスのインフラ不足が課題となります。

高齢者の地方移住なども真剣に考えられています。地方の過疎化や産業の衰退、地方創生、地方分権というキーワードで、こうした移住は介護においても注目すべきトピックスです。

海外ではリタイアメントコミュニティ、シニアビレッジなど、高齢者が集合して共同生活を送る、場所や地域を作るということも現実に進んでいます。これにはインフラ整備やサービス提供の効率化などの良い面が進んでいます。

特に地方だと、一軒ごとの家々が車で數十分以上かかるほど離れている中で、訪問介護のヘルパーのサービスが非効率に行われています。介護をするより移動時間が長いという現象です。それならば、要介護者自身が集合してくれていた方が良いという考えです。

実際、サービス付き高齢者住宅など現時点でそうした高齢者の集合化は進んでいます。それをもう少し政策的に大規模に実施していこうというものです。しかしながら、こうしたことは現実的なのかが争点です。もちろん移住は本人の意思が前提になっていますが、そうしたことが崩れて移住が高齢者の左遷のようになってはいけません。

8. 介護産業をアジアに輸出することに関する論点

介護・医療などのヘルスケア産業は日本の中で成長産業として注目されています。特にこれから高齢化社会を迎えるアジア各国においては、少子高齢化の課題先進国である日本に注目が集まっていることは知られています。

介護の現場にもアジア圏の留学生や視察は年々増えてきています。特に日本の人口全員くらいが高齢者になっていく中国はその課題のスケールが日本を圧倒的に凌駕しています。そうした中、これからの介護ビジネスを睨んで、中国の方々などは日本に介護を学びにきています。

国は省庁をあげて、こうした産業を輸出しようと考えています。しかし、そもそも日本型介護というものがなんであるのか、全くコンセンサスが取れていない状態だと私は考えています。先に挙げた悪化の防止や予防、改善的なものを自立支援型介護としている面もあります。

おもてなしのようなサービス業的な介護の面もあります。福祉本来の人権思想に基づく介護もあります。また、輸入する側の各国のニーズや国民性、事情、体制も異なるでしょう。そうした中、まだまだ民間同士のつながりやアカデミックなつながりが点で起きている中で、国としてどうしていくかが大きな争点になると言えるでしょう。

また、課題先進国として、フロントランナーを自負している間に、他国に追い抜かれることも十分あり得ます。なぜなら各国は日本の失敗に学ぶからです。いつまでもアドバンテージがあると思っていたら、国益を取るどころか、損なうことも十分にあり得るのです。

私たちはどうするか

こうして概観してみるだけでも、介護に関する政策的論点はミクロからマクロまで多様なものがあることがわかります。そして、私たち一人一人はこうした論点について、どのように考え、どのような立場をとり、何を行動するのか、ということが問われているのだと思います。

介護にたずさわる者としては、時に、その現場の視点からのみ国をはじめとした介護業界の外にいる人々に対して批判をしたくなることがあります。しかし、当たり前の話ですが、私たちは日本という同じ船に乗っているのです。

現場からの視点で意見を発信することはとても大事なことです。同時に、他の立場の人々が、どういう視点から介護を考えているのかについての認識を進め、異なる立場にあってもそれぞれがお互いのことを同じ目標に向かおうとしている仲間として意識できるようになる必要もあると思います。

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