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「ほかの高齢者のことも愛してください」

「ほかの高齢者のことも愛してください」

親を預けることにした家族の罪悪感

親の介護は、できるだけ自分でやりたいという人もたくさんいます。しかし、現代の介護は、身内だけでやれるほど簡単なものではありません。専門性も求められるため、過去にヘルスケアの世界で仕事でもしていない限り、素人には、正しい方法での介護をすることも難しいのです。

そうして限界まで自分で介護をしていた人にも、いよいよ、親を、介護施設なり、それに近い形態の介護事業者に預けることになったりもします。そうした人は、その決断に対して、かなり大きな罪悪感に苦しめられることになります。

限界まで、というわけでもない人の場合は、なおさらです。まだ自分でもやれる介護があるのに、自分の人生を優先して、親の介護をプロに丸投げすることに罪悪感を抱き、それをずっと引きずる人も多いと言います。

それこそ、親の介護がまだ始まっていなくても、もっと連絡をしてあげるべきとか、もっと会いにいくべきといった具合に、罪悪感を持つこともあるでしょう。親との関係性にもよりますし、個人差もありますが、親との関わりについては、誰もが、いくばくかの罪悪感を持つものなのかもしれません。

ある介護事業者に聞いてみた

介護の専門家も、ベテランになると、介護を必要とする高齢者本人だけでなく、その家族の精神的なケアも行うものです。そこで、あるベテランの介護事業者に「親の介護を、介護のプロに任せることにした時に感じる罪悪感に、どのような言葉をかけるのですか?」と聞いてみました。以下は、その回答です。

お母さま(お父さま)のことは、お任せください。こうして、お母さま(お父さま)の介護を直接、自分では担わなくなることを、悪いことだと思わないでください。それでも、どうしても悲しい気持ちになるのであれば、普段、周りで見かける、ほかの高齢者のことも愛して、気づかってあげてください。みんなが、そうして少しずつ、高齢者に対して暖かい目を向けていく社会になれば、お母さま(お父さま)も、そうした社会から守られることになります。

普段、スーパーのレジなどで、ゆっくりとした動作で支払いをしている高齢者に対して、イライラしたりすることがあるかもしれません。人通りの多いところで、どうしても歩みの遅れてしまう高齢者が、渋滞を生み出すことにイライラすることもあるかもしれません。

ですがそれは、このベテランの介護事業者の言葉から考えてみれば「自分の親の姿かもしれない」と考えてみるべきなのでしょう。そうした高齢者にも子供がいて、その子供は、どこかで罪悪感に苦しめられているかもしれないのです。

自分の受けた恩を社会に返していくということ

親に限らず、私たちはこれまで、多くの人から「見返りを求めない善意」を受けて生きてきたと考えてみます。嫌な人もたくさんいたはずですが、本当にお世話になった人もいるでしょう。

そうしたお世話になった人に対して、感謝するだけでなく、十分に報いることができていることは、あまりないかもしれません。そうしたお世話になった人のことを思い出すと、お返しができていないことに罪悪感を抱くのは、人間の本能(返報性)です。

私たちは、そうした人々に対して、直接的に何かをしてあげることはできないかもしれません。しかし、目の前で困っている誰かに対して、今度は自分の番として「見返りを求めない善意」を示していくことはできるかもしれません。

誰もが忙しい毎日を送っていますし、誰かの心配をするような余裕のない人生が、現代日本の現実です。そうした中で、見ず知らずの高齢者を愛してくださいと言われても、実践できることはないかもしれません。ただ「ほかの高齢者のことも愛してください」という言葉は、大事だと感じました。

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