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「甘え」の構造から、家族が介護にかかわる意義を考える

「甘え」の構造から、家族が介護にかかわる意義を考える

要介護者の家族(介護者)と、プロの介護職の違いとは?

要介護者の家族(介護者)と、プロの介護職において、一番の違いは何でしょうか。当たり前のことなのですが、いかに優れた専門性を持っていたとしても、介護職は、要介護者の家族ではないということです。

実は、長年の介護経験から、介護の専門的な知識をもっている家族も少なくありません。家族のほうは、その気にさえなれば、介護職に近づくことができます。しかし、逆に介護職は、いくら努力をしたとしても、要介護者の家族にはなれません。

現実として、長年の介護を終えた人が、その後に、介護職になることもあります。そうした介護職は、要介護者のみならず、家族の気持ちにも非常に敏感で、介護の現場で大活躍することも多いのです。

土居健郎『「甘え」の構造』について

精神科医であり、東京大学名誉教授でもあった土居健郎による著作に『「甘え」の構造』(弘文堂/1971年)というものがあります。外国語に「甘え」に該当する言葉がないことへの、著者ならではの着眼から生まれた考察です(現在では、外国語にも「甘え」に相当する言葉はあるとされます)。

土居によると「甘え」とは、親密な人に依存したいという欲求を前提としています。ここで、親子関係は、無条件に、他人ではありません。特に親密性が高くなる母子関係では「甘え」が強くなります。土居は、こうした母子関係に見られるような一体性(原形)を理想とするのが日本人の特徴であると考えたのでした。

親子関係を超えた人間関係においては、親子関係からの距離(親密性)によって「甘え」は減っていきます。そして当然ですが、要介護者と介護職の関係は、赤の他人からはじまります。要介護者も、はじめは、ちょっとしたことを頼むのでさえ遠慮をします。しかし、時間とともに、要介護者は介護職に「甘え」るようにもなっていくのです。

ここは土居が主張したこととではありませんが、人間が大人になっても「甘え」を心理的な前提とする背景には、ネオテニー(幼生成熟)があるかもしれません。ネオテニーとは、幼児の特徴を残したまま大人になるということであり、人間はサルのネオテニーであると考えられています。

「甘え」の受容 vs. 「自立支援」

介護職は、要介護者の自立支援をしています。具体的には、いろいろと自分でできることが減ってしまっている要介護者の残されている能力(残存能力)の保持と活用(社会参加)を大切にするということです。

ここで介護職は、要介護者が自分でできることは助けないよう、細心の注意を払っています。自分でできることまで代わりにやってあげることは、限られている要介護者の残存能力を奪うことにつながってしまうからです。介護において「至れり尽くせり」のサービスは、決してよいことではないのです。

ときに、要介護者は、自分でできることを介護職に対して「手伝ってほしい」と「甘え」ることがあります。その場合、介護職は要介護者の想いを受け止めた上で、自分でできるように声をかけたり、見守ります。

介護職としても、要介護者からの「甘え」は、関係性が特別なものになったことを示すものであり、嬉しいことではあります。しかし、要介護者のことを考えればこそ、そうした「甘え」に直接的に応えることは避けるようにトレーニングされています。

介護職としては、こうしたとき、心の奥底では「助けてあげたい」という気持ちにもなります。しかし介護職は、こうした「甘え」に安易に応えることが、いかに恐ろしい結果につながるかを、経験を通して知っているのです。

「甘え」ないと病気になる?

自立支援は、もちろん大事なことです。他方で「甘え」られる相手がいないというのもよくありません。「甘え」たいという欲求が満たされないと、不安が生まれ、神経質になったり、ヒステリーを起こしたり、果ては精神疾患にまで至る場合もあるとも言われています。

特に、認知症の場合は「甘え」られないことで、認知症の進行スピードが早まる可能性も指摘されています。いくら自立支援が大事だと言っても、杓子定規に「甘え」はいけないということにはならないのです。しかし、介護職は、こうした要介護者からの「甘え」を上手に避けるように訓練されているのです。

介護職は、要介護者に「甘え」させるのが、構造的に苦手な専門職なのです。ここから、家族が介護にかかわり、要介護者が存分に「甘え」られる相手となる必要性が見えてくるでしょう。要介護者にとって「あの介護職は厳しい」といった愚痴を言える相手も大事なのです。

先にも述べたとおり、家族が、介護の勉強をして、より良い介護ができるようになることはとても素晴らしいことです。しかし、それ以上に重要なのは、要介護者を存分に「甘え」させてあげることなのかもしれません。家族の場合は、介護職の関わり方を真似て、要介護者の「甘え」を遠ざけようとしなくてもよいのです。

※参考文献
・土居健郎, 『「甘え」の構造(増補普及版)』, 弘文堂(2007年)

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