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人間は、集団になると冷静な判断ができなくなり、個人でいるときよりもむしろ、極端な方向に走りやすいという傾向を持っています。この心理的な傾向のことを、集団分極化(または集団極性化)と言います。今世紀の世界を考えるときは、非常に大事な概念です。
この傾向を見出したのは、当時、MITの修士課程に在籍していたジェームズ・ストナー(James Stoner)だと言われています。ストナーの修士論文(1961)が、こうして今も、理論として定着しているのです。
このストナーは、アメフトの試合において、残りワンプレーという状態における人間の判断を調べました。残りワンプレーで、ほぼ確実と思われるプレーで同点で終わるべきか、それとも、リスキーなプレーで勝利を目指すべきかという2つの判断があったとします。
問題は、リスキーなプレーの成功確率でしょう。このプレーに成功すれば勝利しますが、失敗すれば負けてしまうからです。そこで、このチームのキャプテンにアドバイスをするという想定で、個人と集団に対して、プレーの選択をしてもらいました。このとき、成功確率を1/10、3/10、5/10と上げていくことで、どこまでのリスクを飲み込むかを調べたのです。
はじめは、集団で討議させたほうが、より安全で確実なプレーを選ぶ傾向があるだろうと考えられていました。しかし、結果はこの逆でした。つまり、人間は、集団で討議したほうが、よりリスキーな選択を行うことがわかったのです。これを特に、集団分極化におけるリスキー・シフト現象と言います。
では、どうして、集団分極化におけるリスキー・シフト現象が起こるのでしょう。この原因としては(1)集団では責任が分散され、いざ失敗しても、自分が負うべき責任が小さくなるから(2)集団の中で交わされる議論では、強く、説得力のある意見に流されやすくなるから(3)人間には自分の能力の高さを周囲に認めさせたいという欲求があり、他の人が見ているところでは、よりリスクの高い選択をして成功したいと考えるから、といったことが提示されています。
企業のような集団では、これによって、個人では取れないリスクに向かって、チャレンジするということもあるでしょう。ベンチャーであっても、一人では怖い冒険も、仲間がいれば勇気付けられるということもあります。集団分極化もまた、人類の進化の中で生き残ってきた生存戦略であり、ポジティブな意味があるのは当然です。
同時に、ここにはネガティブな面もあります。気がつくと思いますが、集団分極化は、イギリスのブレグジットや、アメリカにおけるトランプの登場などにも関係していると考えられます。たとえば、自分一人が、ブレグジットを決められる立場にいたり、トランプを大統領に選任できる立場にいたとしたら、ああした選択は、怖すぎてできないはずです。これが集団になると、できてしまうというところには、問題も生まれてきます。
インターネットの中で起こる集団分極化は、普通の集団分極化とは異なり、思想が極端に先鋭化するという特徴があります。これを特に、サイバーカスケード(cyber cascade)と言い、普通の集団分極化よりも、ずっと危険なものとして認識されています。
インターネットには、同じような思想を持った人がつながりやすいという特徴があります。社会全体からすればマイノリティーであっても、インターネットの中では、そうしたマイノリティーがつながりやすく、小さくない集団を形成することがあります。
この集団は、はじめから思想が似ているのですから、集団分極化もまた強調されてしまうのです。責任が分散されるので、無責任な言動が増えます。議論も、はじめから思想が似ているので、その中でも特に尖っているものに注目が集まりやすくなります。そして、その集団の中で尊敬されたいと思えば、かなりリスキーな行動を取るようにもなるでしょう。
現代社会に見られる、極端な差別主義やヘイトスピーチは、こうした背景の中から生まれています。インターネットのなかった時代よりも、現代のほうが、極端な意見が集約され、実行に移されやすいということです。世界的に多発するテロにも、インターネットによる極端な集団分極化が影響していると考えられます。
まず、医療関係者と一般社会の間には、どうしても埋まらない溝があります。医療関係者の中に生まれている集団分極化は、医療訴訟が増えていることもあって、かなり先鋭化してしまっています。
もちろん、そうした集団分極化を嫌って、バランスのとれた思想を持っている医師のほうがマジョリティーではあります。しかしそれでも、全体が、一部の先鋭化した医師たちの意見に引きずられつつあるように見えます。医師が多くいる掲示板などを見ていると、怖くなります。
介護関係者と一般社会の間には、そもそも、介護業界自体が、一般社会に近いということもあって、極端な先鋭化はないように見えます。もちろん、極端な意見はありますが、それが、介護業界全体に影響を及ぼしているということはなさそうです。
医療関係者たちは、非医療関係者とは理解しあえないという方向に、集団分極化しつつある可能性があります。やりがい搾取されており、国も頼れない状態です。患者からは訴えられ、患者の病気をみるまえに、その患者の訴訟リスクを判別するような毎日です。
これは、統計的な事実をともなわない、ひとつの意見にすぎません。ただ、医療関係者と介護関係者のコミュニケーションがうまくいかない背景には、医療関係者の集団分極化という問題があるように思うのです。
現代は、分断の時代とも言われ始めています。その背景にあるのは、人類の進化にとって必要だった集団分極化がインターネットと合わさった極端な先鋭化なのでしょう。私たちは、自らがそうした罠にはまってしまっていないか自問しつつ、リスキー・シフト現象を監視していく必要がありそうです。
※参考文献
・磯崎 三喜年, 『集団分極化とその説明理論について』, 愛知教育大学研究報告, 教育科学 (31), p181-191, 1982-02
・山口 真一, 『情報社会と難民』, GLOCOM OPINION PAPER 16-002, 2016年5月
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