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日本の介護業界は、実質的にはほぼ税金で運営されています。また、様々な介護サービスの料金は、それぞれ法律で決められています。ですから、どこの介護事業者のサービスであっても、そのサービス品質によらず、価格は同じです。
介護事業者からすれば、いかに優れた品質のサービスを提供しても、もらえるお金は同じということです。当然、サービス品質の向上には、費用が発生します。ですから、介護事業者の多くは、サービス品質を極限まで落とすことで、コストを削減しようとします。
もちろん、こうした背景があるにもかかわらず、優れた介護サービスを提供してくれる介護事業者も少なくありません。とはいえ、介護事業者は営利企業であり、その経営もかなり厳しいものです。現実には、かなり低いサービス品質のまま、営業をしている介護事業者も多数あります。
介護事業におけるコストの多くは、従業員の人件費です。介護事業者がコストを削減するということは、実質的には、そこで働く従業員の給与を抑制することになります。また、雇用する従業員の人数を減らすということもあるでしょう。
本来の営利企業であれば、従業員のスキルを高めることでサービス品質を向上させ、売上を高めようと努力します。しかし、こうした背景のある介護業界では、従業員のスキルと、売上は(ほとんど)連動しません。経験豊富でスキルの高い人材は、給与も高くなります。そうした人材を採用しても、コストが上がるだけで、売上は変わりません。
介護事業者が儲けを出すには(1)サービス品質の向上には投資せず(2)従業員の人数は最低として給与も低くおさえ(3)未経験の新人を採用する、という方法が経営の鉄板となります。こんな状態で、優れたサービスを提供する介護事業者が増えていくはずもありません。
では、そうして、介護事業者が大儲けをしているのかというと、それも違います。介護事業者は、どんどん倒産しているのです。その原因は、法律によって定められている介護サービスの料金が安く、さらに、それも、法改正のたびに下げられ続けているからです。
それでは、劣悪なサービス品質であっても、介護事業が成立してしまうのは、なぜでしょう。それは、介護を必要とする利用者(要介護者)に対して、介護サービスを提供する介護事業者が少ないからです。介護サービスを受けられないよりはマシ、という判断がなされているのです。
また、こうした介護業界の構造から、よりサービス品質の高い介護事業者を探し出すのは至難の技です。もっと良い介護事業者を探そうとしても、そうそう見つからないとするならば、利用者もあきらめてしまいます。
こうした現状に怒りをもって、介護事業を起業する人もいます。しかし、どうしても儲からない構造をしているのですから、そうして起業された介護事業者も、次々に倒産していきます。仮になんとか経営が維持できたとしても、高い品質を保ったままでは、規模を大きくできません。
ですから、奇跡的に、理想的な介護事業者がいたとしても、それらの多くは小規模です。小規模ということは、利用者からすれば、見つけにくいということでもあります。ミクロには、優れた介護事業者もいます。しかし、マクロに見れば、日本の介護事業者によるサービス品質は、高くなるはずがないという結論になるのです。
正直に経営していたら、どうしても儲からないのが介護業界です。そういう業界には、しっかりとした企業も、なかなか参入してきません。するとますます、介護事業者は、市場のニーズがあるにもかかわらず、増えていきません。
こうした環境では、必ず、悪徳業者が生まれてきます。市場のニーズがあるものの、正直に経営していたら儲からないのであれば、その正直さを犠牲にすればよいからです。悲しいのは、そうした悪徳業者のところにも、利用者が殺到するような状態になってしまっていることです。
悪徳業者の一つの形式は、無届けの介護ハウスと呼ばれる、違法の老人ホームです。本来、国が定めた基準に従った老人ホームを作るには、安全のために様々な項目をクリアする必要があります。日本の安全基準は、世界最高レベルですから、これには相当なコストがかかります。
この安全基準を無視して、古くなった空き家を活用したら、どうなるでしょう。古くなった空き家は、老人ホームではなく、老人が自主的に集まっているシェアハウスという建前にしたら?実質的には介護施設での施設介護ということになるものを、シェアハウスを訪問している訪問介護だと主張したら?
一箇所に暮らす多数の利用者を訪問するのは、簡単ですし、効率的です。同時に、利用者からは、シェアハウスの家賃と食費を取れば、かなりの儲けになります。シェアハウスというのは、あくまでも建前で、実質的には老人ホームです。本来は、その建設だけでも莫大な費用がかかる老人ホームが、空き家で経営できてしまうのです。
当然、こうした状況は、国も把握しています。把握はしていても、有効な手立てがありません。そうした中、国は、悪質な老人ホームに対して、業務停止命令を出すという方向に動いています。では、業務停止命令が有効なのでしょうか。以下、朝日新聞の記事(2017年1月25日)より、一部引用します。
指導に従わない悪質な有料老人ホームに対して都道府県が業務停止命令を出せるように、厚生労働省は今国会に介護保険法などの改正案を提出する。現在は業務改善命令しか出せないが、2018年度からは、より厳しい対応ができるようにする。
業務停止命令を出すのは、入居者に対する虐待などを行い、都道府県が再三指導しても改善させないケースを想定。都道府県に届け出をしていない「無届けホーム」も対象に含める。
有料老人ホームは全国で急増しており、15年度時点の定員は約42万人。良好な環境整備を進めることが急務だが、義務に違反した無届けホームも同年度時点で1650施設もある。
問題は、こうして業務停止命令を出したら、そこで暮らしている利用者はどうなるのか、というところです。業務停止命令によって、介護サービスが受けられなくなれば、利用者は最悪、死に至ります。
それは困るからということで、他の介護施設を探そうとしても、そもそも優良な介護施設は満室です。また、違法になる無届けの介護ハウスは、国の厳しい安全基準を無視していますから、運用費用が安くおさえられています。結果として、利用者から見ても、正直に経営されている老人ホームよりも、ずっと安い価格で利用できているのです。
こうした無届けの介護ハウスに業務停止命令を出したとしても、優良な介護施設は満室であることが多く、また、利用者の経済状況では、その費用を支払えない可能性が高いのです。そうした状況で、本当に、業務停止命令が有効に働くのでしょうか。とても疑問です。
デンマークなどでは、医療従事者や介護従事者の多くが公務員です。日本でも、プロとして介護に従事する人を公務員とし、介護スキルに応じた処遇をしてければ、解決します。そもそも、実質的にストライキを起こせない医療職や介護職は、本来は公務員であるべきです。
いきなり公務員とすることは難しいでしょうから、まずは、準公務員(法的には公務員ではないものの、それに準じるもの)として、その基本給の一部を税金でまかなうことから開始するのはどうでしょう。ここで支払われる基本給は、介護のスキルに応じて、段階的に上げていけるようにするのです。
その上で、介護事業者のほうには、逆に、介護職のスキルによらず、人件費を一定として決めてしまうのです。介護事業者からすれば、スキルの高い人材も、そうでない人材も、同じ給与ということになります。すると、同じ金額なら、少しでも品質のよいものを求めるという、市場の原理が働きます。
準公務員は、人気の職種ですから、人材も集まってきます。介護スキルを高めれば、給与が上がりますから、誰もがサービス品質を高めるための努力をします。正直な介護事業者も、人件費が一定であり、人材の確保が容易になれば、儲かります。すると、新しく介護事業をはじめる企業も増えてきます。
もちろん、問題となるのは、これを実現するための税金の財源です。財源については、反発も多いでしょうが、公務員の給与を削減しつつ、目的税としての消費税などによってまかなうことを考えていくしかないでしょう。
これが実現できないとき、困るのは、公務員を含めた私たち自身です。自分自身や自分の親に介護が必要になったとき、違法の介護ハウスを利用することになります。ちょっと火災が起これば全焼するような危険で劣悪な環境で、虐待を受けるような晩年を望む人はいないはずです。
※参考文献
・朝日新聞, 『悪質な老人ホーム、業務停止可能に 厚労省が改正案』, 2017年1月25日
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