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介護離婚(熟年離婚)を生みだしてしまう生物学的な背景について

介護離婚(熟年離婚)を生みだしてしまう生物学的な背景について

そもそも生物は血縁を特別視する

生物は、自らの遺伝子を伝えていくことを、非常に重要視する形で進化してきました。当然、自分の遺伝子を引き継ぐ血縁と、そうではない他者を区別するようにできています。血縁を大事にすることで、自らの生存を担保するという側面もあるでしょう。

もちろん、人間の場合は「遠くの親戚より近くの他人」ということがあります。実際に、遺産相続の問題が出ると、会ったこともない親戚が現れたりして、血縁であることの重要性が大いに疑われるケースもあるでしょう。

とはいえ、自分の子供と、他者の子供を比較すれば、そこには明確な線引きがあることは事実です。親が、自らの子供に対して、自己犠牲的な愛情を注ぐことは、人間に限らず、多くの哺乳類において観察されてもいます(=ハミルトンの規則)。

こうした背景から、血縁のある親子の縁が(本当の意味で)切れることは、あまり発生しないと考えられます。しかし、血縁のない夫婦の関係はどうでしょうか。これは、それほど安定的なものとは言えないのです。

事実として、世界的には夫婦のおよそ半数が離婚します。日本では、3組に1組と言われますが、潜在的には、より多くの夫婦関係が破綻していると見てよいでしょう。

介護離婚は増加の危機にある

日本では、熟年離婚が増えています。30年以上連れ添った夫婦の離婚は、離婚全体の4.5%にもなります(2008年統計)。長年一緒にいられているというだけでは、全く安心できないのです。誰にとっても、熟年離婚は、他人事ではないという認識が必要です。

熟年離婚の理由には、様々なものがあります。現実には、多様な理由が積み上がって、ついに我慢の限界が意識されてしまうとき、離婚という選択肢が取られてしまうのだと思います。

一般には、熟年離婚では、子供が独立したりするタイミングが危険と言われます。それまで、子供のために離婚を思いとどまっていた夫婦が、子供の独立によって、思いとどまる理由を失うからでしょう。

とはいえ、子供が独立した後も、離婚せずに関係性を(なんとか)維持できる夫婦のほうが、人数的にはまだ多いという状況です。しかし、ここに介護という問題がのしかかってきたとき、離婚はより身近なものになってしまいます。

繰り返しになりますが、熟年離婚の原因は、1つのものに集約されるわけではありません。様々な要因が積み上がっていくことが本質です。介護は、そうした積み上げにおける1つの重要な要因であるという認識が求められます。

夫による妻への介護の丸投げは危険

過去、よく聞くケースだったのは、仕事をしている夫が、専業主婦の妻に、自分の親(妻にとっては義理の親)の介護を任せきりにしていて、というものです。妻が、介護の負担の大きさについに切れて、夫に対して離婚を申し出るというものです。

今も、こうしたケースはあるでしょう。しかし、専業主婦が減り、共働きの夫婦が増えていく中で、妻が義理の親を介護するというケース自体も減ってきています。この反動として、男性による介護が増加していることは、先の男性介護セミナーでも述べました。

逆に、専業主婦は、生活費を生み出す手段を持たないことが多いため、義理の親の介護も我慢することがあったはずです。しかし、生活の糧を得る手段のある妻は、義理の親の介護を任されたりすると、昔よりも簡単に離婚できるようになっています。

男女がともに、社会の中で活躍する時代には、自分の親の介護をパートナーに丸投げすることはできないのです。この点について無自覚な夫は、かなりの確率で、熟年離婚を経験することになると考えられます。

もちろん、熟年離婚の原因は複合的なので、介護以外の部分で良好な関係性ができている夫婦の場合は、この限りではないかもしれません。しかし、介護の大変さを思えば、それまで関係性が良好だった夫婦でも、引き裂かれてしまう可能性も高いと思われるのです。

自分の親の介護であっても危険

怖いのは、自分で自分の親の介護をするケースであっても、熟年離婚があるということです。自分の妻への丸投げを避けたとしても、まだ、介護から生まれてしまう離婚リスクが残っているのです。この背景には、先に述べた、血縁との関係性があります。

家族の中で、夫婦だけが、血縁関係にないことが普通です。もちろん、血のつながっていない親子もいます。しかしその場合であっても、夫婦が血縁関係にないという事実は変わりません。

親が、自分の子供に対して、自然な愛情を向けるのは、生物学的に認められる事実です。また、自分を愛してくれた親と、赤の他人の親を比べたとき、自分の親に対して愛情を持つことも自然な感情でしょう。

しかし、夫婦の関係以上に、親子の関係が強くなってしまう場合は、夫婦には血縁がないため、夫婦が破綻しやすい可能性があるのです。夫婦の記念日が、介護によって犠牲にされるとき、この危険性は爆発するかもしれません。

今この瞬間にも、日本のどこかで「あなたは、わたしよりも、あなたのご両親が大事なんでしょ」「きみは、僕のことよりも、きみのご両親が大事なんだよね」という言葉が発せられています。

何に注意しなければならないのか?

そもそも現代社会においては、義理の両親との関係性は、昔ほどには堅固なものではありません。夫婦にとって、義理の両親が、昔ほどに意味を持っていた時代ではありません。

ですから、自分の親の介護のためとはいえ、自分のパートナー(夫や妻)は、自らがその犠牲になることを許容できなくなっています。パートナーが死んだ場合、義理の両親の面倒を見ることを嫌う死後離婚というのも増えています。

なんとも言いにくいことですが、これは、夫婦関係と親子関係のどちらが大事なのかという優先順位の問題なのです。固定的な婚姻関係というのは、生物の世界ではそれほど自然なものではありません。そこには、人間社会における契約としての意味があります。

婚姻関係は(様々な定義がありますが)現代的には「すべての物事に対して夫婦関係を最優先する」という契約だと思います。その場合、程度の問題でもありますが、夫婦関係が犠牲にされるというのは、厳密には契約違反になります。契約違反に対しては、契約の破棄が待っています。

介護は、誰にとっても大変な負担になります。ですから、そこに多少の夫婦関係の犠牲が発生することは、絶対に避けられないことでしょう。しかし、根本のところで、夫婦関係と親子関係のどちらが大事なのかということが問われる瞬間があると思います。

このとき、自信をもって夫婦関係を優先させないと、熟年離婚は止められないものになります。自分の親を介護するときこそ、私たちは、そこに契約違反が生まれてしまっていることをパートナーに謝罪し、本当の危機には、夫婦関係を優先させることを伝えないとならないのです。

※参考文献
・livedoor NEWS, 『熟年してからなぜ別れるのか 「熟年離婚」が増加する背景』, 2016年12月3日
・産経ニュース, 『「死後離婚」が増えている 亡夫の親族とは縁を切りたい』, 2016年12月24日

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