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自民党には、枯渇しつつある日本の財政の再建を目指すための特命委員会があります。この特命委員会の直下に「2020年以降の経済財政構想小委員会」というものが設置されています。
この「2020年以降の経済財政構想小委員会」が立ち上がった背景には、高齢者に対して3万円を配るという政策(2015年度補正予算)に対する危機感があります。この政策は、高齢者に3万円を配るために諸経費として234億円が計上されるという、どうにも理解に苦しむものでした。
こうしたおかしな政策ではなくて、日本の社会保障を根本から見直すことを目指して、危機感を持った若手議員が集まっているのが「2020年以降の経済財政構想小委員会」というわけです。とはいえ、あくまでも自民党の若手議員による経済政策構想を練る場であり、ここの意見が自民党としての総意ではないことには注意が必要です。
そんな「2020年以降の経済財政構想小委員会」が、2016年10月26日に『人生100年時代の社会保証へ(PDF)』という提言を発表しています。以下、この提言に関する、ANN NEWSによる短いニュース動画(00:42)です。
以下、この提言の内容について、少し考えてみます。なお、ここの記述は、あくまでも KAIGO LAB 編集部による提言の解釈と意見であり、正確な内容については、できるだけ提言の原文を読むようにしてください。
この提言は、短期的には大きな痛みとなることを覚悟しつつ、中長期的な日本の生産性向上と、セーフティーネットの充実を実現するためのものという位置付けです。今後は貧富の二極化がさらに進み、どうしても社会的弱者になる人が増えてしまいます。そのため、弱者の保護と、そこからの脱却を支援するための仕組みが必要ということです。この提言の背景にある社会認識は、多くの日本人と共通していると思います。この話は、結局のところ、人口減少によって減っていく財源(税収)を、どんどん増えていく社会的弱者に対してどう分配していくかということです。この本丸は、国の特別会計なのですが、この提言では、そこに言及されていません。
この提言では、解雇規制の見直しについても触れられています。この事実は重要です。賛否両論あるでしょうが、解雇規制が事実上適用されない非正規の労働者が4割を超えている今、正社員だけが守られる社会というのも、持続可能ではありません。もちろん、企業が自由に従業員を解雇できる状態は、労働者にとっては厳しいものです。そこで、学び直しや、再就職支援の拡充といった、失業してしまった場合のセーフティーネット(仮称:勤労者皆社会保険制度)が構築されることが述べられています。問題となるのは、結果として解雇される人材のために、このセーフティーネットを構築するための財源です。これがどれくらいの金額になるのか算定し、その財源確保ができるという状態を見ないままに、解雇規制が撤廃されてしまうのは、あまりにも危険です。
年金制度は「長く働くほど得をする仕組み」へと改革されると述べられています。同時に、半数近くの若者が、国民年金保険料を払っていない現実に言及し、所得の低い労働者には、社会保険料の免除や軽減といった措置が必要であることが主張されています。さらに、今の年金制度は十分に持続可能であり、財政が健全であることを理解して欲しいとも述べられてもいます。いたずらに年金不安を述べたてるのではなく、社会の変化に合わせた制度改革を進めていく必要があるという主張です。しかし、年金の支給年齢は、過去から繰り返し上げられています。そして、この上昇がどこで止まるのか、もはや誰にもわかりません。今後も、75歳、80歳と、支給年齢は上げられていくのでしょう。これが持続可能で健全な年金財政の結果なのでしょうか。ここは、どうにも納得できない点です。
高齢者が急増していくことで、医療・介護にかかる費用が増えていきます。この提言では、この費用を少なくするために、予防医療、介護予防に対するインセンティブを設計して、自助努力を支援するという仕組みを作ると述べられています。残念ですが、この提言では、2025年問題には間に合いません。医療・介護については、小委員会内部で議論する時間が足りていないように思われます。医療費が足りないため、病院は減らされ、医師の人数も自然減を目指した政策が進められています。介護職は、そもそも人数が足りていないのに、あまりにもひどい待遇を飲まされています。予防に力を入れることも大事ですが、それでは、医療・介護の崩壊を食い止めるのに間に合いません。
この提言では、少子化対策を、社会保障改革の最優先事項としています。未来の日本を作り、その主役となるのは子供ですから、それも当然でしょう。同時に、現実的には、いかに優れた少子化対策を実施しても、日本の人口減少は避けられません。これを嘆くことはもうやめて、人口減少を前提とした社会の仕組みを作ることを目指すという点については、とても共感させられます。ここで見直されるべきなのは、子供の教育にもっと国の予算をつけるということです。今の日本は、諸外国に比べても、子供1人あたりの教育にかけている予算が少なく、親の収入格差が、そのまま子供の教育格差につながってしまう社会です。また、日本独特の履修主義(授業に出席していれば卒業できる仕組み)を脱却し、ヨーロッパのような修得主義(理解できていないと卒業できない仕組み)への変換も求められます。
少なからぬ国民から、大きな期待をかけられている小泉進次郎氏がリーダーとなっている小委員会なのに、提言の中身は、あるべき論としても不十分なものです。もしかしたら、この提言の中身は、小泉進次郎氏の人気を利用したい人々によって作られたものなのかもしれません。
たとえば、自動運転が実現すれば、タクシー運転手(約37万人)、トラック運転手(約85万人)、バス運転手(約13万人)、合わせて約135万人分の雇用(全労働人口の2%)が一気に失われます。かたや自動運転は、内閣府の主導にて、2020年の東京オリンピックまでに実現すると宣言されているわけです。「2020年以降の経済財政構想小委員会」として、これをどう読むのでしょうか。
2020年というタイミングで、自動運転が実現し、解雇規制が緩和されていたら、日本は失業者であふれてしまいます。自動運転や人工知能に代表されるICTの台頭と、解雇規制の撤廃というのは、国民の大多数にとって最悪の組み合わせです。経営者は、株主から圧力をかけられ、自社の従業員を人工知能に置き換えていくしかなくなるでしょう。
もちろん、これは一番悲観的に考えた場合のシナリオです。しかし、国の計画というものは、できる限り悲観的に考えてもなお犠牲者を出さないという方向で考えるべきだと思うのです。その場合、年金の支給年齢を少し上げるようなことで対応できるでしょうか。自助を即すようなインセンティブ設計だけで足りるでしょうか。どうしても、この「2020年以降の〜」と題される提言は、生まれてくる社会的弱者のスケールを、かなり楽観的に見積もっているように感じてしまいます。
今の日本に必要な議論は、仕事をしていなくても、現在年金を支払っていなくても、日本国憲法第25条で保障されている最低限の生活が可能な国の設計です。このためには、その財源として、国の特別会計のありかたを見直すべき段階に来ていると思います。提言の中に、この特別会計の見直しが言及されていないことが、一番残念でした。
ベーシックインカム(無条件で、個人に対して生活に必要となるお金を支給する仕組み)があれば、現在もなお続いている無益な公共投資も必要なくなります。公共投資においては、少なからぬ原材料費が国外に流出しますが、ベーシックインカムなら、その予算を丸々、国民の収入として国内に留めておくことが可能です。その収入は、国内での消費に回るでしょう。
また、ベーシックインカムは子供にも支給されますから、少子化対策にもなります。無理に仕事をする人も減るので、託児所もそれほど必要なくなるかもしれません。親子がともにいる時間が増えれば、国家の礎たる教育のレベルも上がります。少子化対策や教育のために確保されている予算も、ベーシックインカムに回すことができるはずです。
セーフティーネットというと聞こえがいいですが、現実には、莫大な予算が、研修会社と人材紹介会社に流れるというだけでしょう。しかし特に、人工知能のパワーによって失業してしまった場合、それを、ちょっとやそっとの研修で巻き返すことは不可能です。しかも、人工知能も発達しますから、それに追いつくための研修費用も時間と共に大きくなっていきます。
失業してしまった人材を、人工知能に勝てる状態にするための予算は、いったいいくらになるのでしょう。この予算を、人間を人工知能と競わせるために使うのではなくて、ベーシックインカムの予算として、人工知能と共存する方向で社会を構想したほうがよいのではないでしょうか。
もちろん、ただ無邪気にベーシックインカムの導入を進めることはできません。特に、労働には、生きがいを生み出すという側面があることを忘れてはならないでしょう。であれば、完全な無条件ではなくて、現役世代や元気な高齢者には、毎月何時間以上の社会貢献活動を課すといった、日本らしく変則的なベーシックインカムを考えていく必要があると考えます。
※参考文献
・小泉進次郎(Official Blog)『「人生100年時代の社会保障へ」を発表しました』, 2016年10月26日
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