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ロジカル・シンキングの落とし穴(干しシイタケの法則)

干しシイタケの法則

ロジカル・シンキングはとても大切な武器

ロジカル・シンキングとは、日本語では、論理的な思考という意味になります。別の言葉で言えば、物事を筋道立てて考える力です。「A=B」「B=C」ならば「A=C」といった、途中の思考の筋道が(ほとんど)疑えない形で結びつけられていくような思考です。

極端に言えば、ロジカル・シンキングの力が鍛えられているかどうかは、社会人としての成功を決めてしまいます。その理由は簡単で、ロジカル・シンキングの力とはすなわち、説得力のことを指しているからです。

社会人としての時間は、何らかの課題を、どのように解決するのかという提案と、その実行でできています。このとき、誰かが考えた解決策をただ実行するだけでは、広く認められたりはしません。社会人としての成功につながるのは、まずは、何らかの課題に対して、より優れた解決策を生み出すことです。

しかし、より優れた解決策を生み出すというだけでは不十分です。なぜなら、生み出されたものが本当に優れた解決策なのかどうかは、それが生み出されただけでは、誰にもわからないからです。その解決策を実行すべきだという説得力をともなった提案になっていないと、せっかく生み出された解決策は、決して実行されないのです。

介護という文脈でも、たとえば、要介護者に対してデイサービスを提案するときなどは、説得力のあるなしによって、結果が違ってくるでしょう。嫌がる要介護者に対して「とにかく、デイサービスを使ってほしい」といっても、受け入れられないのは、仕方のないことです。

干しシイタケを柔らかく戻すときのロジカル・シンキング

生のシイタケは、重量の90%以上が水分でできています。この水分が、重量の10%以下になるまで乾燥させたシイタケを特に干しシイタケと言います。ですから、干しシイタケを食べる時は、水分を付加して柔らかい状態に戻す必要があります。

過去には、干しシイタケを戻すときは、一般に、お湯が使われてきました。しかし、この方法は、実は、良くないのです。干しシイタケをより美味しく戻すための優れた調理法(解決策)は「冷蔵庫の中で、水に数時間(できれば24時間以上)つけておく」というものです。

しかし、これだけの情報で「はい、そうですか」と納得してくれる人はいません。そもそも、お湯を使ったほうが早く柔らかくなり、すぐに食べられます。それに、数時間以上もかけて水で戻したとしても、そのほうが美味しいかどうかは、この情報だけでは、なんとも言えません。

では、次のようにロジカル・シンキングをベースとした説明をされたらどうでしょう?

事実1. シイタケのうまみ成分はグアニル酸

事実2. 干しシイタケのグアニル酸は、生シイタケの10倍→干しシイタケを上手に調理できたら最高!

事実3. 干しシイタケのグアニル酸は、加熱によって激増するという特徴がある→加熱が大事

事実4. ただし加熱直後から、グアニル酸は破壊される→加熱したらすぐに食べないとダメ

事実5. 干しシイタケは硬いので、そのまま火にかけることはできない→まずは柔らかく戻す必要がある

事実6. 柔らかく戻すためにお湯を使うと、お湯の熱で生まれたグアニル酸が、戻している矢先から破壊されてしまう→お湯はダメ

事実7. グアニル酸は10度以上の環境で破壊される→10度以下の環境で戻す必要がある

事実8. よって干しシイタケは、水につけて冷蔵庫に入れて柔らかく戻し、食べる直前に加熱するのがよい

いきなり「冷蔵庫の中で水に数時間つけておく」という手間のかかる調理法を言われても納得できません。しかし、こうして事実の連鎖(事実1〜8)による論理的な説明をされると「なるほど」と感じるはずです。この「なるほど」という納得感があってはじめて、提案は広く採用されていくことになります。

いかに優れた解決策であったとしても、ロジカル・シンキングによって生み出された事実の連鎖によって説明されなければ、その解決策は採用してもらえないのです。

こうした理由から、干しシイタケの例に限らず、優れた提案は、ほぼ例外なく、事実の連鎖という形式をとっているわけです。ちなみに、これに余談的な事実を加えると、さらに説得力は増します。たとえば、

事実9. 中華の達人と呼ばれるシェフたちも、干しシイタケを戻すときは、水につけて冷蔵庫に24時間という方法を採用している

というものです。しかし、逆にこの事実9だけではダメという点には注意してください。ジュニアな社会人が、こうした事実9のようなものだけで提案をすることがありますが、それには問題があります。

たしかに「中華の達人もそうしている」と言われると、少しだけ心が動きます。しかし、中華の達人がそうしているのは、仕入れた大量の干しシイタケを、ガス代を使うことなく、安く戻すためかもしれません。この調理法の提案に説得力を持たせるには、事実9だけでは、背景となる事実の連鎖が足りないのです。

ロジカル・シンキングには大きな落とし穴もある

ここまで、ロジカル・シンキングには、提案に説得力を持たせるための武器としての意味があることを述べてきました。しかし、ここには大きな落とし穴があります。それは、ロジカル・シンキングは、説得の必要条件ではあっても、十分条件ではないということです。

干しシイタケよりも、生シイタケのほうが美味しく感じらる人がいたら、どうでしょう。この場合、干しシイタケの優れた戻し方という発想自体が無駄になります。いかにそこに、疑えない事実の連鎖があったとしても、感情には逆らえないのです。

実際に、とても大切な人との仲直りの席で食べた「生シイタケの串焼き」の味が忘れられないという人がいます。その人は、それ以降は常々「シイタケは生に限る」と周囲に語っているのですが、周囲はそれに説得されてはいません(ロジカル・シンキングをベースとしていないので)。

脳科学的には、人間という生き物は、理性(ロジカル・シンキング)よりも感情によって動いていることがわかっています。そして感情を動かすには、ロジカル・シンキングによって積み上げられた事実の連鎖よりも、一枚の「生シイタケの写真」のほうが優れていることも少なくないのです。

私たちは、ロジカル・シンキングとどのように付き合うべきか

シニアな社会人になってきて、それなりに成功をおさめている人ほど、このロジカル・シンキングの落とし穴を忘れていることがあります。要介護者になにかをしてもらおうとする介護者(家族や介護職)にも、これと同じことが見られる場合があります。

繰り返しになりますが、ロジカル・シンキングによる事実の連鎖という必要条件だけで、人間を動かすことはできません。

誰にも、ロジカル・シンキングに従えば、今すぐにでもやるべきこと(ダイエット、禁煙、勉強、防災の準備、大切な人への連絡など)があるでしょう。しかし、多くの人は、そうとわかっていても、なかなかそれを実行できません。ロジカル・シンキングだけでは、自分であれ他者であれ、人は動かせないのです。

説得力の十分条件とは、感情を動かすことです。人間を動かすには、ロジカル・シンキングによる事実の連鎖だけでなく、感情を動かす「物語」が求められます。

近年のテレビCMに代表される広告を注意深く観察してみてください。その多くに、感情に訴えようとする「物語」が入っていることに気がつくはずです。禁煙を勧めるCMでは、子供が親に対して作文を読んでいたりします。ACの広告は、ややしつこいくらいに感動的な「物語」を軸にしています。携帯電話のCMは、もはや「物語」のほうが中心軸で、携帯電話そのものについての宣伝はほとんどありません。

日々、誰もが、誰かに対して何らかの提案をしています。もちろん、そこに事実の連鎖がなければ問題外です。しかし、ロジカル・シンキングという面から優れた提案ができていても、それが受け入れられないことも多いでしょう。そうした時は、相手の感情を動かす「物語」の欠如を疑ってみてください。ちょっとした「物語」が、難攻不落に思えた相手を動かすということは、よくある話なのです。

※参考文献
・NHKためしてガッテン, 『こんなにうまかった! 干しシイタケ新調理法』, 2002年10月23日

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