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【書評28】『脳天気にもホドがある。』大矢博子著, 東洋経済新報社

脳天気にもホドがある。
Amazon: 脳天気にもホドがある。

面白く読める闘病記という、ありそうでない貴重な本です。他にも「面白さを狙ったもの」ありますが、多くは無理があったり、理想論すぎて読んでいて疲れてしまったりもします。本書は、そうした点をうまくクリアしている良書です。

サブタイトル「燃えドラ夫婦のリハビリ日記」のとおり、熱狂的な中日ドラゴンズファンの夫婦です。夫が脳卒中を発症してからの1年間を、妻が記録した笑って読めるドキュメントとして出版されました。

著者は書評家で、そもそも文章を生業としています。個人的な体験談にとどまらず、読み物として面白く、かつ貴重な情報も得られるように書けるのは、さすがプロです。

闘病記やそれを巡る家族の話って、ハタから見ると感動的だったり泣けたりするかもしれないけど、いざ自分がその立場になってみると。愛だの涙だの言ってるヒマないって!

山のようなお役所手続きに、みっちり組まれるリハビリ計画、大幅な変更を強いられる将来設計。もちろん日々の仕事や生活もある。家族が倒れようが光熱費は引き落とされるしゴミは分別しなくちゃいけない。どえりゃあ忙しい。正直言って愛より実務、涙より行動っすよ。

はじめに(p1)より

つまり、へこんでいる暇があったらやるべきことをやる、何があろうと生活は続くということでしょう。この夫婦の場合「生活」の中にドラゴンズや、その他にも熱中している趣味がしっかり入り込んでいます。

夫は鉄道マニアでもあります。リハビリのために模型を作るのではなく、何が何でも作りたくて作ってしまうことが、結果としてリハビリにつながっています。熱くなれる趣味があるのはいいことだと、あらためて思わされます。

ただ、真面目で一生懸命な家族ほど、こうした記述を読むと「そうか!趣味を持たせよう」と考えてしまいがちなので注意したいです。もともと趣味のない人もいます。深刻な状況の中でそんな気になれないと言う人もいます。周囲の人は、それぞれの性格や状況を理解して、そっとしておくことも大切です。

介護にかかわる人の中には「趣味はなんですか?」と繰り返し尋ねたり「旅行はどうですか?」「少しでも外の空気を吸ってみませんか?車椅子を押しますよ」などと積極的に提案してくれる人がいます。職務に熱心で優しい人に多いのですが、自分の身体も心も思うようにならない人にとっては、かえってプレッシャーになることもあります。

家族も、なんとか元気づけようとして、あれこれ思いつきを提案しがちです。それが本人の希望と合えばよいのですが、そうとはかぎりません。「せっかく言ってあげてるのに」と腹を立てる人がいます。しかし、そうした提案が、元気な人だからこそ良い提案だと思えるケースも少なくありません。

普段の生活の中で、どんなときに病人が穏やかな表情になるのか、嬉しそうにするのかを知ることから始めるのがいいと思います。そこから自然に「楽しめること」が見つかるかもしれません。

介護する人が自分を追い込まないためには、ユーモアのセンスも欠かせません。介護に疲れてくると、ユーモアどころではないという気持ちになりがちです。

当然のことですが、本書にも、涙や、悩みも出てきます。しかし、一貫して、自分たちのドタバタのユーモラスな面を見る姿勢を忘れません。一番難しいことかもしれませんが、この姿勢こそ、どんな人にとっても「参考になる情報」ではないでしょうか。

本書には、著者の言う「実務と行動」が順を追って具体的に書かれていて、ハウツーものとしても頼りになります。とくに、本書のケースは、発症時の年齢が45歳ですので、現役世代に役立つと言う点で群を抜いています。もちろん、高齢の人にも参考になる情報がたくさんあります。

「冗談みたいな偶然、と言うのは本当にあるのだと思った」(p6)という言葉どおり、最初から「うそのようなほんとうの話」で始まります。夫婦で海外ドラマ「ER 救急救命室」を見ている最中に、突然夫の右半身が動かなくなる、しかも、ドラマも脳梗塞の話だったというのです。

救急車を呼んで入院、病状の変化、リハビリ、諸手続きの話が、具体的に分かりやすく書かれています。並行して、中日ドラゴンズの動向に一喜一憂する様子が描かれます。闘病中の人にも、介護中の人にも笑いながら全体を読んでいただきたい本ですが、介護する人にとって参考になる「実務と行動」をいくつか、順を追って抜き出してみます。

◯救急車を呼ぶときは固定電話を使う。パニクって住所が言えなくても場所を特定してくれる。p7

◯医師からの病状説明をできるだけ正確にメモする(本書では実際の病状を整理して書いてあります)p14, 15

◯図書館で脳出血や後遺症に関する本を探し、出版年の新しいものをできるだけたくさん借りる。居住市町村の社会福祉制度をコピーする。体験記、闘病記の類いは避けた。「こうあるべき」と思い込む危険があるから。p19

◯入院中は看護のプロに任せられるのだから、ずっとそばについていなくともよい。状況を見て、1日を自分のために使いリフレッシュする。p38~41要旨

◯リハビリ入院は法律で最長半年と決まっている。脳卒中の場合は急性期病院(註:治療のために最初に入院する病院)への入院期間も含めて半年。リハビリ病院では発症から2ヶ月以内の患者しか受け入れない。容態や症状によって、必要な施設は変わる。本書のケースでは言語聴覚士が常駐していることが必須。リハビリ病院について詳しい人から情報を集める。候補の病院を見学して疑問点はスタッフに質問する。p50~56

◯後遺症が完全には治らないと本人に告げる時が来ます。「事実をはっきり、けれど前向きに伝える」「元通りにはならないこと」を受け入れ、「元通りにはならなくても、リハビリを一生懸命やることで、最大限の回復を目指す」ということさえわかってくれればいい。p69~78

◯主としてケースワーカーさんが教えてくれますができるだけ自分でも調べて、利用できるものはどんどん利用しましょう。(中略)家族が病気のとき「金の心配がいらない」という安心感はデカいぞ。p131

「こんなことをするんだ」とわかっていただき、そしてちょっとでも「なーんだ、これでいいのか」と思っていただけたら幸いです。病気で落ち込む人や、介護に疲れる家族が、ひとりでも減ることを願って。

はじめに(p2)より

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