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現在も医療・福祉の現場で使われている「長谷川式認知症スケール」(p59, 図表2-3)を、40年あまり前に開発した医師による著書です。著者は、かつての「痴呆」という呼称から現在の「認知症」への変更を推進してきた医師であり、この分野の第一人者です。
「認知症の基本から応用まで最新知見とともにわかりやすく説明したもの。介護に悩む家族、行き詰まりを感じている介護職、医師や看護師、認知症に対して漠然とした不安を感じている人、町起こし町づくりに関わる人に読んでほしい」(p20, 序章より要旨)という通り、広い層の読者を対象にしています。
読者対象を広げると、専門家には物足りなく、一般の読者には難しいという中途半端なものになりがちです。しかし本書は、読者が専門家か否かに関わらず、読み応えのある本です。今、家族の介護に奮闘している人はもちろんですが、認知症に全く関心のない人にもぜひ読んでほしいと思わせられる内容です。
とくに、若年性認知症について(第6章, p169~181)は、認知症とは無縁と思っている現役世代にこそ読んでほしい内容です。50代前半に発症した優秀な脳外科医の事例、53歳で発症した牧師の事例など、痛ましいものですが、その姿から多くの事を教えられます。
「一般の人だけでなく、医療者の理解も不足していることから、これらの人々の苦しみは倍増されます。社会の理解と支えがこれらの人々やその家族の心に力を与えます。」(p170)という著者の言葉は、できるだけ多くの人に届いてほしいものです。
第一章の認知症に関する基礎知識から、診断、治療、予防、新しいケアの方法、若年性認知症、看取り、地域の認知症予防対策、終章の見守りの町づくりまで、各章の末尾には、簡潔に要点がまとめられて「教科書」として分かりやすく親切な作りになっています。適所に掲載されている図表も理解を助けてくれます。
単なる解説書ではなく、エピソードやコラムが本書に奥行きを与えています。重いテーマにはふさわしくない言い方かもしれませんが、奥行きというよりも、魅力といったほうが良いかもしれません。
「認知症の人は誤解されています。社会的にも、家族の中でさえなかなか理解されません。その意味で孤独な存在です。不安で淋しい存在なのです。
かくいう私もほんとうに理解できているのか疑問に思います。」(P15)という言葉に、40年を超えるキャリアや、第一人者としての地位に安住することのない、科学者としての姿勢が伺われます。
著者の義父も認知症です。家族で食卓を囲んでいるときに、その義父が「あなたたちが誰だかわからない」と突然頭を抱えてしまいます。専門家でありながら、著者は、かけるべき言葉を見つけられずにいます。
その時、20歳の娘さんが「おじいちゃんは私たちが分からなくなったというけれど、私たちは、みんなおじいちゃんのことを知っているから大丈夫」と言い、この言葉に、義父はほっとした表情で食事を続けた(p15、16の要旨)というエピソードが紹介されています。
ここで、安易に結論を述べるのではなく、義母の、妻としての戸惑いと怒りについて共感を持って語り「「大丈夫よ」というのは孫だからいえた言葉です。同じ家族といっても、さまざまな人間関係、温度差、距離感があります。愛情を持って介護することは第一ですが、それだけでは認知症の介護は難しいことがおこります」(p17)と、認知症の患者本人だけでなく、介護に苦しむ家族に寄り添ってきた人間としての視点を忘れません。
さらに自身を振り返って「ずっと認知症の人のことを考えてきたつもりだったが、ほんとうにそうだったのか」と、正直な心境を打ち明けています(p17の要旨)。著者の、こうした真摯な姿勢は、本書の信頼性をむしろより高いものにしているでしょう。
本書には、認知症に関する具体的な知識や介護の方法が詳しく述べられています。そんな本書のコアになっているメッセージを、あとがき(p227~229)から引用します。
認知症の人の介護をしていると、つい本気で腹を立てることもあるでしょう。イライラしたり悲しくなることもあります。
でも、介護をする人は誇りを持って、自分らしい生き方とは何かを探しながら、感性を鋭くし、そして認知症の人に頭(こうべ)を低くしていろいろなことを教えてもらいましょう。
認知症の人との交流を楽しみましょう。そして仲間を作りましょう。認知症のケアはオープンにすることが最も肝要です。一人だけでケアしていたら、うつ病になりかねません。誰にでも助けを求めましょう。
そして、余力ができたら助けを必要としている人に手を差し伸べようと呼びかけています。最後に、本書の中で、認知症の介護に苦しむ多くの人にとって参考になりそうな箇所の要旨を挙げておきます。
◯周辺症状(注;認知症にともなって現れる言動)は介護、環境、薬物などによって起る場合が多い。多くのものは、ケアの方法、介護環境を変えることで著しく改善されることがある。(p44~45)
◯認知症の原因疾患によっては治療可能なものもある;嗜銀顆粒性認知症、正常圧水頭症、慢性硬膜下出血など(p40~43)
◯認知症に根本的な治療はないが、最大の治療薬は人としての優しさ、愛情だと思うこと。そのうえで、抗認知症薬を適切に使いながら、認知症ケアの方法を習得し、自分なりの心の通わせ方を工夫する。道は必ず開ける。(p73)
◯認知症の患者に対する望ましくない態度(パーソンセンタード・ケアの提唱者、英国のキッド・ウッドのいう「悪性の社会心理」より);(1)急がせる(2)できるのにさせない(3)途中でやめさせる(4)無理強いする(5)無視し放っておく(p152)
◯若年性認知症(64歳以下で発症する認知症)は、ごく限られたケースを除いて遺伝性疾患ではない。(p176)
◯中心的に介護している人の苦労は、家族にさえ十分に理解されていないことがある。周囲の無理解は疲労感を増大させ、家庭崩壊に至ることもある。周囲の人は介護者の言葉に耳を傾け、その心を支え、寄り添うことが大切。(p188)
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