閉じる

【書評23】『納得の老後―日欧在宅ケア探訪』村上紀美子著, 岩波新書

納得の老後――日欧在宅ケア探訪 (岩波新書)
Amazon: 納得の老後―日欧在宅ケア探訪 (岩波新書)

著者は日本看護協会の調査研究部を経て広報部長を務め、現在はフリーランスの医療ジャーナリストとして活躍しています。

老後のための準備として、お金だけではなく、お金をどこでどう使うか、どう暮らしたいのか、現実と理想の折り合いをつけ、納得できる自分の近未来の姿を探しておくことも必要(「はじめに」の要旨)という観点から、ヨーロッパと日本の介護について報告しています。

ケアを必要とする一人暮らしの人、老夫婦だけで暮らす人たちが、介護制度をどのように利用して自分らしい生活をしているのか。ドイツ、オランダ、デンマーク、イギリスにおける訪問介護のあり方を、また、日本では地域で支え合う仕組みづくり、より柔軟な在宅ケアの実現を目指す看護師やかかりつけ医の活動を紹介しています。

一般の人向けに読みやすく書かれていますが、介護専門職の人や専門職を目指して勉強中の人にも読み応えのある本です。

各国の制度や具体的な介護状況を紹介する前に、それぞれの国の人口と高齢化率、介護・医療・福祉の制度や実情が1ページに簡潔にまとめられていて、その後に紹介される個別の事例が理解しやすくなってます。各国の制度や文化、価値観の違いが見えたり、国を超えて共通する人間の心も見えてきます。

日本との違いのひとつに、ヨーロッパの家庭医(ホームドクター)の制度があります。各国とも家庭医の果たす役割は基本的に同じですが、ドイツでは患者の任意で選び、英国、オランダ、デンマークでは家庭医に登録することが義務づけられているそうです。実際にはドイツでも国民の90%以上が家庭医をもっているとのことです。

日本のかかりつけ医、訪問診療を行う医師と重なる面もありますが、各国とも家庭医になるための教育や資格取得の条件が厳しく設けられています。外科、内科、産婦人科など広く総合的に学びますが、家庭医になってからも、必要と思う専門分野の資格を取り、研鑽を積むそうです。

ヨーロッパの家庭医は、誕生から死まで、患者の病歴だけでなく生活歴も把握して対処するキーパーソンになっています。「家庭医は人間が好きな人が多いのですが、人間好きでないと務まらないとも言えます」(p15)という著者の言葉に納得させられます。デンマークの家庭医は「妊娠から看取り、離婚相談まで」(p93)を引き受けるというのには驚かされます。

オランダ(p56~77)では「ビュートゾルフ」(コミュニティケアという意味)という独特の組織があります。ビュートゾルフは、新しい在宅ケアのビジネスモデルとして日本でも知られているということです。

オランダでは1990年代に介護分野の市場化にともなって、経済原理が優先される傾向が強まったといいます。その結果、専門性を必要とするケアと誰でもできるケアに分けられ、食事介助だけ、注射だけなどケアの細分化が進みました。一人の被介護者に30人の介護者が関わったこともあるということです。

これでは被介護者が落ちついいてケアを受けられないだけでなく、限定されたケアしかできない介護スタッフも実力のある人ほど不満がつのります。当然、スタッフの質も総合力も落ちていきました。そんなオランダで、2007年、1人の男性が3人の看護師仲間とともに「専門性にもとづく全人的なケアの復権」を目指して立ち上げたのがビュートゾルフでした。

力のある看護師のチームが家庭医と連携して、複雑で難しい退院直後や合併症、認知症、看取りなどに対応する(p59, 60)ビュートゾルフのような組織が身近にあったらどんなに心強いことでしょう。

各国で有能な介護スタッフとして活動している日本人の存在にも力づけられます。それぞれの国の生きた情報が日本に伝わり、日本での介護の現場が、介護する人される人双方にとってよりよいものになっていくことが期待できます。

他にも、各国の訪問介護のシーンや介護スタッフの言葉に、高齢になってからの暮らしのヒント、今ケアを受けている人、ケアしている人にも参考になりそうなことがたくさんあります。読む人それぞれの立場で参考にしたいことは違ってくると思いますが、いくつかあげてみます。

○(外出してもしなくても)朝、目を覚ますと清拭かシャワーでさっぱりし、洗顔やひげそりをして自分好みの服に着替えてアクセサリーをつけて一日を始める。p44

○サポートを利用するようになったときは、自分でできることは最大限して、できないことについて「何をどう助けてもらいたいか」という自分の希望をはっきりと述べて話し合い、堂々と気分よく助けてもらう。p51、52

○(介護する人は)(介護される人の)自立への働きかけのための話し合いを粘り強く根気よく続ける。p65、66
※ここでの事例は人工肛門のバッグを取り替える作業を「もう自分で、できそうですね」と看護師が促し、「まだできない」という男性に対して「じゃあ今度ね」と応じています。

○「してもらうばかり」でなく「協力できることがある」うれしさ。p108
※事例は、体重200キロの女性の着替えの場面。ケアする人に「私に協力してくれない?」と頼まれてちょっと腕や足を上げます。「協力してくれてありがとう」と言われることで、動かなかった身体を少しずつ動かせるようになります。この例に限らず、どんな小さなことでも、人のために何かできることは、たいせつなことであり感謝されるのはうれしいことではないでしょうか。

本書は、各国の訪問介護の現場に立ち会い、身体的なケアと精神的なサポートを目に見えるように細やかに描写しています。この描写によって「近未来の自分の老後」の理想を描くための参考になるだけではなく、介護の経験のない人が具体的にイメージする助けにもなります。また、介護の最中の人にも、新たに気づかされることがあるでしょう。
 

KAIGOLABの最新情報をお届けします。

この記事についてのタグリスト

ビジネスパーソンが介護離職をしてはいけないこれだけの理由