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【書評19】『奇跡のはじまり: ある音楽家の革命的介護メソッド』みつとみ敏郎著, 新潮社

奇跡のはじまり: ある音楽家の革命的介護メソッド
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本書は音楽家の夫と脳卒中で倒れた妻の闘病の記録を軸に、音楽の果たす社会的な役割について書かれたものです。

せっかくの良書なのに、本書のタイトルは、残念です。著者は、音楽療法という言葉につきまとう「胡散臭いイメージ」を払拭したいと考えているそうなので、こうしたタイトルは、本意ではなかったと推測します。たいがいの本のタイトルは、出版社が付けますので、そこで決められてしまったのでしょう。

まず、この著者について、本書執筆に至る経歴を見てみます。

著者は青山学院大学を卒業後に渡米、南イリノイ大学、ミシガン州立大学大学院で音楽を専攻しています。学生だったころは、楽器の演奏や指揮法など、音楽そのものにしか関心がなかったそうです。同時に、音楽は、人間の心と身体に直接働きかける力を持っていると信じていました。それが、後の音楽療法への関心につながっていきます。

帰国して、著者は、作曲家、スタジオミュージシャンとして活躍していきます。そして、介護と音楽を結びつける企画を、介護事業者に提案するようになっていきました。なかなか、介護事業者からの理解は得られない中、音楽の社会的意味を信じて、地道に施設での演奏会やコンサート活動をしてきました。

この著者の画家である妻が、病に倒れたのは、そうした活動をしている時のことでした。妻は、幸い言語障害は残らなかったものの、右半身が麻痺し、リハビリと介護の日々が始まります。

夫である著者は、音楽家としてリハビリに有効と思われる工夫をこらし、麻痺した右手で弾くためのハンドロールピアノ(くるくる巻いてコンパクトに収納できる電子ピアノ)を用意したり、様々な作業療法も主導します。

ここで著者は、積極的に情報を集めます。書籍やネットのみならず、専門分野に詳しい友人知人にかけあい、脳卒中の後遺症から回復したという友人に直接会って貴重なアドバイスを受けます。本書には、妻のリハビリとその効果はもちろん、こうして得られた音楽療法に関する知識がまとめられています。

音楽療法の詳細については本書を手に取っていただくとして、それ以外のヒント、脳卒中の後遺症と闘う人とその家族に役立つと思われる情報をいくつか本書の中から要約して、以下に紹介します。

早い段階でのリハビリ開始が重要

救命救急士の話(p34)によれば「極端に言えば救急車の中から。救命救急士は病気の種類や麻痺がくる箇所の見当がつく、つかなくてはならない」そうです。

身体障害者手帳の取得を検討

ソーシャルワーカーの助言(p89)によれば、状態が落ち着いたら、身体障害者手帳の取得を検討します。介護保険や障害者支援は、自治体によって扱いが違うので、しっかりと調べた方が良いと言います。

元に戻すのではなく、作り直す

脳卒中から完全に復活したかに見える友人によると(p46〜49)リハビリでは「元に戻す」という考え方を捨てて、新しく別のものを「作り直す」という方向で考えるとよいそうです。

車いすの使えるトイレについて知っておく

車いすや杖の必要な人が使えるトイレはコンビニエンスストアに多いそうです。著者は、車いすの妻を乗せて伊豆・東京間を車で移動することが多く、ルート上のトイレをすべてチェックして、トイレマップを作っています。使用可能かどうかの基準として、てすりの有無、段差の有無、段差の高さ、清潔度を評価しています(p150〜151)。

あきらめないこと

脳卒中の後遺症を克服した幼なじみ(p180~182)は、あきらめた瞬間、その人の身体は現状維持どころか悪化の一途を辿ると言います。たとえ発症前と同じ状態でなくとも、良い方向に向かうし、発症前よりもよい状態になることもありえると言います。

介護の日々には想像を超える苦しみもあります。身体が不自由で介護を受けざるを得ない人の苦悩、鬱状態に陥りかける介護者の心境も描かれています。

夫婦がいたわり合い、時には涙しながらぶつかり合うなかで、著者は、実際に介護して初めて気づいたこととして「介護とは「介護される人間」と向き合って生きていくこと。「介護する人間」である私の姿は「介護される」彼女という鏡の中にしか写らない存在で、その姿は相手次第でいくらでも変貌してしまう」と語り、介護する人とされる人の間には絶望的な距離があるとも言っています(p194〜198)。

あとがきでも、この絶望的な距離に触れ、「健常者がけっして身障者を理解できないのと似ている。立場がまったく違う者同士が理解し合うため、距離を縮めるための役目を担うのが音楽ではないか」と、本書のコアになる考え方を述べています。
 

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