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【書評68】『百花』川村元気著, 文藝春秋(ネタバレ注意)

百花
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人気作家、川村元気による話題の新刊(2019/5/15)です。今回ご紹介する『百花』は小説なので、ネタバレが気になる場合は、この記事は読まないでください。主人公は38歳のビジネスパーソンで、母ひとり子ひとりで育ってきました。そんな主人公の奥様は妊娠しています。そうした環境で、母親の認知症が始まります。

主人公と母親の間には、ある空白の期間があります。この空白の期間は家族にとって不幸ですが、むしろその期間によって、親子の間の愛情は、より堅固で深いものに発達しています。全く同じケースは少ないでしょうが、私たちは、誰かへの愛情を、そんな空白の期間によって養うものなのかもしれません。

そうして、深いところで愛し合う親子なのですが、その母親が、徐々に、主人公のことも含めた記憶を失っていきます。「俺の母親はこんなんじゃないはずだ」(p129)という状態は、まさに、愛し合う家族による認知症の介護における問題を明らかにしています

物語は、介護が必要になっている母親に対して、主人公が後手後手の対応をしていく形で進んでいきます。こうした対応は良くないことは頭では理解できますが、主人公の目線からは、後手に回ってしまうこと仕方がないことだと感じさせられます。まさに物語でしか伝えられない、介護の難しさです。

仕事と介護、そして子育ての準備など、ダブルケアのはじまりが描かれているところは、他人事には感じられないリアリティーがあります。主人公には、なんの落ち度もないにも関わらず、ダブルケアは、どんどん現実のものとして意識されるようになっていきます。

主人公は、母親を預かってくれる施設を探すことになります。私たち自身も「リノリウムの床と白いコンクリートの壁に囲まれて、小さなテレビをみんなで見て、プラスチックの器で食事をする場所」(p161)に住めと言われたら、何日そこにいられるでしょう。主人公が直面する困難は、私たち自身もいずれは直面することです。

この物語は「人間の持ち物は、記憶と比例するのかもしれない。死に向けて、必要なものは少しずつ減っていく。」(p171)というように、認知症を扱いながらも、その根底のところでは、特定の病気を語るものではありません。大事な記憶でさえ、時間と共に失われることから、人生について考えています。

あとで親族で揉めることになるのがわかっていたのに、遺産の配分について、あえて遺書に書かなかったおばあちゃんの話が出てきます(p255)。遺書を書かないことで、子供たちは競うようにしてやってきます。遺書を書かないことが、子供たちの愛情を引き寄せることにつながったわけです。

子供時代の主人公は、母親の気を引くために、わざと迷子になってみせたことがありました。認知症になった母親が、度々その姿をくらませることで、今度は主人公の方が、自分の人生における母親という存在の重大さに気づいていくことになります。

静かな終わり方は、介護業界の話を聞きすぎているためか、リアリティーがないように感じられます。ただ本書は、介護そのものについて書かれたものではなく、読者の近未来を予感させる世界を描くことで読者の注意をひきつけた上で、人間そのものについて心の深いところで感じさせるものです。

そうした意味で、本書は、今まさに介護をしている人が読んでも面白いのですが、それよりもむしろ、まだ介護がはじまっていないけれど、介護を不安に思っている30〜50代の層にある人こそ、読むべきものになっています。おすすめです。

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