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【書評65】『すごいトシヨリBOOK トシをとると楽しみがふえる』池内紀著, 毎日新聞出版

すごいトシヨリBOOK トシをとると楽しみがふえる
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著名人が自身の老いについて語る本、理想の老い方について説く本は沢山あります。もっともな内容でも、中には「お説教」のように感じられるものもありますが、ここにはそんな説教臭さはありません。本書は、著者が70歳のときに始めた「自分の観察手帳」をもとに語りおろしたエッセイ集です。

自分が老いるというのは初めての経験で、未知の冒険が始まるのだから「こういうことはこれまでなかった」とか、「これぞ年寄りの特徴」とか、日々、気がついたことを記録するため(p4)

手帳の手書き文字や、ユーモラスなイラストが本書にも掲載されています。手帳を書き始めたときは、人生のゴールを77歳に設定していましたが、本書の出版時に77歳を迎えています。以後は3年ごとの更新だそうです。

著者はドイツ文学者で、エッセイストとしても知られています。機知に富んだ文章には定評がありますが、本書は語りおろしという手法もひと役買って、楽しく肩の凝らない読み物になっています。

話題の1つひとつが短いエッセイになっていて、パラパラめくって興味のあるところから読むことができます。高齢の方にはもちろん、若い読者にもお勧めします。どちらにとっても「あるある」と頷けることや、思いがけない発見、耳の痛い話があります。

(長寿という)かつて尊ばれていたものが、問題になってしまうこと自体が非常に問題だと思います。(中略)老いに「抗う」のではなく、老いに対して誠実に付き合うこと。老いの中で起こる面白くないことも、目をそむけたり、すり替えたりしない。(p20、21)

老いの日常の、さまざまなシーンに焦点を当て具体的に描き出しています。例えば、病院の待合室での年寄りの「形態観察」です。病院を間違えてやってくる人がいます。身なりの良いしっかりした印象の老婦人は、看護師に服装を褒められたことをきっかけに、自分の日常をくどくどと話し始めて止まりません。

他にも、明らかな年寄りの特徴として、頭脳明晰で高名な評論家が、乾杯の挨拶を1時間近く続けた例を挙げています。オリジナルの年齢早見表(第3章/p55~69)も笑いながら頷けます。

老化の初期症状には、失名症・同一志向症・過去すり替え症などが挙げられます。これはネーミングから想像がつきますが、横取り症とはなんでしょう。人の話に割り込んで自分の話を始めて止まらないという症状です。

整理整頓症は物の置き場所などに強くこだわりだして、家族の意見よりも自分なりの秩序を最優先する症状です。これも典型的な老いの始まりとしています。次の段階に進むと、年齢執着症・ベラベラ症・失語症・指示分裂症・過去捏造症・記憶脱落症になります。

思い当たるフシのある人は少なくないでしょう。確かに高齢者によく見られることですが、若くてもこの傾向のある人はいます。老いとともにブレーキが甘くなっていくようです。厳しい指摘なのに素直に頷きたく絶妙なネーミングセンスです。そして最終段階は忘却忘却症です。忘れたということを忘れているという状態です。

記憶というのは人間には重荷ですから、それが脱落していくというのは、周囲とか当人の問題は別として、それ自体は一種の恵みだと思います。(p64)

そして、思い出すことは辛かったことなど否定的なことが多いので、この状態は必ずしも不幸ではないはずだと締めくくります。さらに本書は、人の話を最後まで聴く力の大切さを真剣に述べたあとで、次のように述べます。

最後まで話を聴くのは大変なエネルギーが必要です。ついなんか口を挟みたくなる。我慢するのが非常に難しい。だから、僕は「聴いている振りだけでもいいんじゃないですか」って思います。夫婦なんかだと、「ああ、ああ、うん」って他のことを考えていたっていいんだから(p69)

自分がどのように最期を迎えたいかを、常々家族に話しておく、できれば書き残すことが重要だとはよく言われていることです。著者は、誰にでもある弱さも考えています。自分で決めたこととはいえ、いざという時に迷ったり変更したくなったりするのが、ごく普通の人でしょう。

「自分で取り決めたことを破るのは嫌」という人は守りやすいですが、何か言われると気になって、「変わりそうだな」という性格の弱い人は、自分との取り決めよりも、家族との取り決め、あるいは連れあいとの取り決めをはっきりさせておいて、率直に「自分は性格的に弱いから、お前、ちゃんと言ってよね」と頼んでおくといい。(p96)

本書からは、年齢にかかわらず、自他を観察する姿勢、客観視することの楽しさと大切さを教えられます。それぞれに異なるように見える高齢者には思わぬ共通点があったり、逆に、ステレオタイプな高齢者像には大きな間違いがあります。

自戒の意味からも観察を続けていくと、メディアからの情報ではない、老いのいろんなあらわれ方が見えてきます。(中略)マスコミが言っているからとか、ネットに書いてあったから正しいとか、そういうものではなく、われわれ年寄りは、自分の責任で老いを考えて、自分の考えで老いていきたいものです。(p30、31)

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