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【書評62】『死なないで!殺さないで!生きよう! いま、介護でいちばんつらいあなたへ』社団法人認知症の人と家族の会編, クリエイツかもがわ

死なないで!殺さないで!生きよう! いま、介護でいちばんつらいあなたへ
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2009年に出版されたものです。ほぼ10年経った今も介護で苦しむ人の現状は変わっていません。介護殺人や心中が報道されるとき、必ずといっていいほど、近所の人や知人の「献身的に介護していたのに」「優しく散歩に付き添っていた」といったコメントが添えられます。

全く介護に縁のない人には、辛いからといって大切な親やパートナーを殺そうとする気持ちなど想像もつかないかもしれません。介護する人の人間性や倫理観の問題ではないかと思う人さえいるでしょう。

しかし、懸命に介護に取り組んでいる人の心に「死んでほしい」「殺したい」「死にたい」という思いがよぎるのは、特殊なことではありません。本書の前書きで「家族の会」代表理事・高見国生氏が本書を出版した理由を述べています。

私自身も認知症になった母を八年間在宅で介護しました。「死んでほしい」と願ったことは二度や三度ではありません。(中略)会員の多くもそのような極限に追い込まれた経験をもっているはずです。それなのに、どうして殺人や心中にはいたらなかったのか。死んでしまおう、殺してしまおうと思ったときに思いとどまったのはなぜなのか。そのときの気持ちを、いま死の淵に立っている人に伝えることができれば一人でも救えるのではないか(p5)

本書には、家族の会の呼びかけに応えて会員から寄せられたなかの37人の体験が載っています。それぞれに、ギリギリのところで極端な選択をさけ、そのときの状況や気持ちを綴っています。たとえば、独身で仕事をしながら一人で母親を介護する38歳女性は、鬱状態になっても休むこともできません。

娘、女性は、力もないのに必ず親の面倒をみることになります。独身なら仕事、妻であれば家事一切をしながらの介護は、よほどうまく立ち回って気分転換もしないと、終わりのない深みにはまってしまいます。(中略)いつでも、ホーム入居を考え、つらい時には“いのちの電話”にかけようかと番号を控えています。(p21)

46歳の女性は父親を在宅介護していました。症状は悪化し、徘徊、暴力、大声を出すなど、デイサービスを利用しても対処しきれなくなります。そんな時に、自身も足を骨折します。半身不随の母親に介護を担わせるのは無理です。この女性は、父親を精神科の認知症治療病棟に入院させます。

「家族のあり方がさまざまなように、在宅介護もその家族のありようでよいのではないでしょうか」(p25)という、この女性のことばには父親を入院させたことへの複雑な思いが滲んでいるように感じられます。在宅介護を担う人が、介護される人を施設や病院に入れる決断をするのはつらいものです。自分の選択を肯定するまでには内心の葛藤を乗り越えなければなりません。

介護は、どんなにしんどくても、負担が増えても、自分では気がつかず、やればできてしまう……、「やらなければ」でやってしまう……。だから、自分自身が追い込まれていることにも、気がつかなくなってしまうのだと思いました。(中略)とにかく、一人だけでかかえこまない、いっぱいの情報源をもつ、緊急に受け入れてもらえるところを見つけておく。(中略)ダメと思ったら、一度介護から逃げてください。(p25、26)

誰もが悪戦苦闘の日々を送っています。追い詰められて、逃げ道を「死」に求めようとしたこと、そこでかろうじて踏みとどまった体験を書いています。本書を読むと、魔の一瞬で我に返ったきっかけは、日常の小さなことです。

思いとどまった理由は、人間の尊厳や生命の尊さに想いを馳せてというよりは、意外に簡単なことだと気づかされると思います。「お母ちゃんという相手の一言であったり笑顔であったり(中略)それは死の選択しかないと考えている人は、心の底では死んではいけないと思いつつも追い詰められて孤立し、周りが見えなくなっていることの表れではないでしょうか。(p6)

どの人も書いていることは、一人で抱え込まないで誰かに話すことの大切さです。家族会のメンバー同士であったり、親族や友人、医療関係者や介護職の人に話すことで救われると言っています。誰かが話を聞いてくれると思うだけで救われることもあります。

介護をしている人は、暗い顔を見せることがなくてもギリギリのところで頑張っています。周囲の人は「いつでも話を聞くよ」という姿勢を示すことの大切さを知っておきたいものです。高見氏も介護者を孤立させないことが重要だとしています。さらに、介護殺人は個人の問題ではないことを指摘しています。

ほんとうに社会から介護殺人をなくすためには、介護者の孤立を防ぐだけでは不十分です。介護殺人の背景には、生活の困窮という問題が横たわっています。介護のための退職や働きに出られないという実態による生活の困窮。さらに介護を助けるための介護保険が十分に機能していないという実態。(中略)

加害者の七割が男性であるという実態は、男性介護者の増加と男性固有の介護の問題を物語っています。これらのことは、個人の責任ではなく、社会が責任をもって解決しなければならない課題です。介護者どうしが交流して介護の勇気をわかせるとともに、社会的な取り組みをすすめてこそ、悲しい事件は防げるのだということを、私たちは肝に銘じなければならない、と思っています。(p7、8)

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