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2015年芥川賞受賞作品です。又吉直樹との同時受賞でした。お笑い芸人の受賞という意外性が世間の興味を引いて、又吉のほう大きな話題になった印象があります。どちらも素晴らしい作品でしたが、介護という切り口を持っていたのは、羽田圭介の作品でした。
羽田は、あるインタビューで「人間同士は本来つながっているのに、やみくもに相手を敵視したり排除しようとしたりするのは間違っている。自分の小説のテーマはそこにある」という主旨のことを言っています。
例として、国同士であればヘイトスピーチに見られる考え方、世代間であれば老人を社会のお荷物と考えることをあげています。老人について言えば、それは天に向かって唾をすることだ、いずれ老人になった自分に返ってくるのだから、とも言っています。
この作品では、介護を主題にして、世代間の無理解からくるすれ違いと、やがてかすかに見えてくる地続きの感覚を描いています。
主人公は、5年続けたカーディーラーの仕事を辞め、アルバイトをしながら再就職を目指して面接をこなし、キャリアアップのために資格取得の勉強もしているのですが、どれもいまひとつ本腰の入らない生活です。腐れ縁のようなガールフレンドとの交際も生活に張りを与えてくれるものではありません。
自宅で過ごす時間が多くなった主人公は、同居して3年になる祖父の日常に触れる機会が増えてきます。視野の隅を横切る程度だった老人の存在を、改めて真正面から見ることになります。
祖父は「ありがとう」と「すんません」を乱発し、娘(主人公の母親)に怒鳴られながらもしたたかに我を通しています。祖父の口癖である「早く死にたい」を真に受けた主人公は苦痛なしで穏やかに死ねるようにしてやろうと決心します。
登場人物が大真面目であればあるほど立ち上ってくるおかしみと哀しみが軽やかに描かれます。ヘタレな主人公と、卑屈でしたたかな老人の姿に、自分を含めた人間の救い難さ、いとおしさを感じます。
介護経験者であれば、甘える父親を怒鳴りつけながら面倒をみている主人公の母親に共感できるでしょう。登場シーンはあまり無いのですが、介護者の大変さと優しさ、そしてもちろん腹立たしさも含めて簡潔に描かれています。
仕事に出かける前に昼食のおにぎりを用意したり、できるだけ軽くて温かいもの着せようとフリースの服を用意したりなど、簡単な描写ですが、娘ならではの立ち位置と気配りが推察できます。最後のシーンには「感涙」も「輝く希望」もないのですが、胸の内に哀しくも温かい思いが満ちてきます。
母は舅姑(私の祖父祖母)を10年以上介護しました。私が大学進学のために家を出てからのことなので、母の大変さはあまりわからないまま過ごしてしまいました。たまに帰省すると祖父母が喜んでくれるので、母は「機嫌が良いので助かる」と言っていました。
母は嫁として介護していたので、心身ともに大変だったと思います。この本の中で、おじいちゃんがトイレに行くときの杖の音が書かれていますが、私の母が「すっすっとスリッパを引きずって歩く音を聞くたびにぞっとする」と言っていたのを思い出しました
この本を読んで、改めて、祖父母のことを思い返してみると、思い当たることがたくさんあります。学生時代で自分のことしか頭に無かった頃と、今の年齢になってからとでは、同じ場面の記憶でも見えるものが違ってくるものですね。
やたらと重ね着をしたり、嫌いな食べ物には「固い」と文句をつけて、好物なら固くても結構な量を食べちゃうとか、泣き言ばかり言うとか…。
この本のお母さんは、さばさばしてていいですね。現実的で強い。主人公もおじいちゃんも、読んでいていらいらするくらいリアルなダメっぷりで、でも憎めないです。
主人公の努力は、どれもこれも的外れですが、何かを開いていくんですね。おじいちゃんと孫の最後の場面が好きです。お母さんの態度が一貫していて、これが効いています。
笑いながらしみじみできる小説です。
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