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【書評56】『高齢ドライバー』所正文, 小長谷陽子, 伊藤安海著, 文春新書

高齢ドライバー
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高齢の親に運転をやめてほしいと思っている人は多いでしょう。本人が自発的にやめるのが理想ですが、なかなかそうはいかないようです。高齢ドライバーによる事故が報じられるたびに、運転をやめる気のない老親と口論になるという話もよく耳にします。

「自分は大丈夫」と言い張る高齢ドライバーと、ただただ心配だからという子供や配偶者が感情的になって対立しても、解決にはなりません。

本書ですっきりと問題解決するわけではありません。やや論文調で読みにくく感じる方もいるかもしれません。それでも、ぜひ手に取って「高齢者の運転はどこがどのように危険なのか?有効な対策はあるのか?」を探って頂きたいと思います。

本書では、3人の著者が専門家の立場から高齢者の運転について書いています。著者はそれぞれ、所氏は産業・交通心理学を専門としており、小長谷氏は認知症専門医、伊藤氏は交通科学・医工学を専門としています。

加齢とともに運転に必要な心身の能力が衰えます。このことは、3人の著者に共通の見解です。これは専門家の意見を待つまでもなく誰でも分かっていることではあります。ただ、漠然と感じていることが、きちんと整理されることで理解が深まります。まずは、本書にある所氏のことばから引用します。

高齢ドライバーによる交通事故は、車社会と超高齢社会が遭遇することによって、起こるべくして起こった日本社会の負の側面のひとつである。交通関係者、そして国民全体が、我が国社会に存在する根深い問題を共通認識することにより、その改善策を生み出す必要がある。(p19)

65歳以上高齢者の年間交通事故死者数の約半分が「歩行中の事故死者」であると言う事実は見逃すことができない。この傾向は30年以上続いていて、80年代までは60%を超えていた。ー中略ー交通弱者として犠牲になった高齢者の歩行中の事故死の背景には、道路環境の未整備、とりわけ「歩道」の未整備が深く関わっている。これは、わが国交通社会が「自動車優先主義」によって短期間のうちに構築され、その歪みがこうした形で顕在化したと分析できるのである(p20〜21)

小長谷氏は、認知機能と運転の関係を中心に書いています。運転を中心にして認知症そのものについても分かりやすくく解説されています。認知症に関心のなかった読者にも、これを機会に知っておいてほしい情報です。

認知機能が低下した人の運転の特徴として次の4点を挙げて詳しく解説しています。それぞれ(1)信号無視(2)一時不停止(3)運転操作不適(4)進路変更です。また、次に引用する小長谷氏のことばは高齢ドライバーの家族にとって切実な問題でしょう。

認知症の人は法律で運転できないことになってはいるが、現実には、本人が理解できない、納得しないなどの理由で、運転している場合もあり、トラブルを起こすケースも少なくない。ー中略ー家族から運転を中止するように言われたり、忠告されたりすると、本人が強く反発し、家族関係が悪化する場合もある。(p164)

2017年の道路交通法の改正で取り入れられた運転免許更新時の認知機能検査の内容(p166~169)も参考になります。これを参照して「危ないかな?」と思ったら、難しくてもなんとか対応を進める必要があります。遅れると、大変な事故にもなりかねません。

伊藤氏は第2章で、身体的問題と自動運転技術(p173~226)について書いています。伊藤氏は警察庁科学警察研究所で、交通事故鑑定や交通事故解析の仕事を経験しています。当時の交通事故対策は若い初心ドライバーの問題が中心で、警察統計にもとづいて年齢と運転特性の関係が議論されていたといいます。

しかし伊藤氏は、こうした高齢ドライバーの特徴抽出に基づいている対策や、道路交通法の改正などが、あまり効果を挙げていない点に疑問を投げかけています(p175)。この問題の仮説として伊藤氏は、国立長寿医療研究センターで行われている大規模な疫学調査を参照しながら、個人差の問題に触れています。

今後の対策はもちろん重要ですが、緊急の課題である家族には次のようにアドバイスしています。

日頃同乗している家族や友人はドライバーの運転能力、さらには総合的な能力変化をかなり的確に把握していることが分かっているので、ドライバーは加齢によって自分の運転がどのように変化し、どのような点に注意する必要があるか、同乗者の意見に耳を傾けることが大変重要である。また、同乗者の存在は事故率を低減させることも科学的に証明されているため、高齢ドライバーの家族、友人は積極的に同乗することで長く安全に運転を継続する助けとなっていただきたい。(p199〜200)

高齢者の運転に限らず、助手席にいるとドライバーの癖や欠点が目につきます。そこで注意したり意見を言ったりして気まずい雰囲気になった経験は誰にでもあるでしょう。家族だと気まずいどころか大げんかにも発展しかねません。このアドバイスを実行するには、高齢ドライバー自身が同乗者とその意見を受け入れてくれることが必要です。

自動運転についても書かれていますが、これも今すぐ役立つというわけにはいきません。本書ではとりあげていませんが、高齢者向けのドライブレコーダーも選択肢のひとつでしょう。急ブレーキの回数を記録するなど、運転技術の問題点がわかります。

損保会社の契約者向けに、専用ドライブレコーダーを使った有料サービスも開始されています。これは天候や運転者の運転傾向を分析して危険地点を予測して知らせる、事故の衝撃を検知して自動的に警備会社や消防署への通報をするなどの機能が搭載されています。こうした新しい技術はとても心強いものです。

本書が高齢ドライバー問題に決定的な解決策を示してくれるわけではありません。しかし、問題の在処を知って、対策を考えるための大きな助けになると思います。また、高齢ドライバーの問題は、「高齢者の問題」ではなく、日本社会のさまざまな問題と繋がっていることにも気づかされます。

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