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アドラー心理学から介護を考える

アドラー心理学から介護を考える

アドラー心理学における3本の柱

人は誰しも幸せに生きたいと願っているはずである。しかし、日々の生活の中で私たちは様々なストレスに晒されて、疲弊し、時に病む。現代に生きる私たちにとって、日常のストレスは、身体的なものよりも精神的なものの方が大きいように思う。

何か足りないものを欲するというよりも、ただぼんやりと「幸せになりたい」と感じることがある。そのような時に、何があれば幸せになれるのだろうか。お金、時間、恋人関係など、それが満足された時に「幸せ」と言えるのだろうか。おそらく答えはノーだろう。

その昔、アドラーという心理学者は「私たちは、今この瞬間から幸福になることが出来る」と言った。うさんくさいと思われるだろう。実際にこのようなことを真面目な顔で言ってくる人がいたら、かなり怪しむ。しかし、アドラーの考えはれっきとした学問の一分野を築いているのである。それがアドラー心理学である。

2013年に出版された『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)によって、日本でアドラー心理学が爆発的に流行した。しかし、そのタイトルや実態の不透明さによって「うさんくさい」と感じた人は少なくないはずである。その実態は、フロイト・ユングと並ぶ三大心理学派の1つだ。そんなアドラー心理学の柱は次の3つである。

・選択によってもたらされる結果を引き受けるのは誰かを考える(課題の分離)
・他者を仲間だとみなし、そこに自分の居場所があることを感じる(共同体感覚)
・過去や未来に対する悩みを捨てる(「今、ここ」への集中)

まずは共同体感覚が重要であろう

介護について考える際、まず大切にしたい考えは、2番目の共同体感覚であろう。介護の現場、特に家族介護の場においては「社会と断絶された」と感じることが往々にしてある。特に、核家族が当たり前の現代では「ワンオペ介護」が普通になってしまっている。

社会と繋がれないという状況は、本人も気づかぬままに精神を蝕んでいくものである。しかし、そのときに感じられる孤独感を上手にセルフ・コントロールすることができれば、介護におけるストレスはいくぶん減らすことができるだろう。アドラー心理学における共同体感覚の考え方は、このような孤独感への救いになるかもしれない。

具体的に共同体感覚とはどのようなものか。それは「自分以外のものに関心を持つ意識」である。共同体感覚は英語で「social interest」と言うが、これはまさに自分の周囲にある、自分以外のものに関心を寄せるということを示している。

孤独感というのは「他人に自分の存在を認めて欲しい」という欲求からくることが多い。これは、自分への執着が強いために沸き起こる欲求であると言える。こうした自己への執着を少しでも減らして、自分の外へと関心を寄せて行ければ、孤独感というのはかなりの程度減らすことができるはずなのである。

「今、ここ」への集中も孤独感を癒すか

また、先に挙げたアドラー心理学の3本の柱のうちの3番目「今、ここ」への集中もまた、孤独感のコントロールに有用なものになる可能性が高い。当たり前のことと言えば当たり前だが、今、自分が行っていることに集中していれば、未来への不安や心配は目に入らない。また、既に起きたことに関しても悩まないで済むだろう。

しかし、このように口で言うのは簡単であるが、実行するとなるとなかなか難しいのが現実である。どうすれば「今、ここ」にスポットを当てることが出来るのだろうか。それは「何かのために行動する」のではなく「行動そのもののために行動する」というモード、すなわちフロー(ゾーン)に入ることである。

たとえば、あなたが資格試験の勉強をしているのであれば「資格試験に合格するために勉強する」と考えるのが普通だろう。しかし「今、ここ」を考えるならば、資格試験の勉強という行為そのもののために勉強するのである。アドラーの言う「今、ここ」とは、このような「人生を線ではなくて、点で捉える」という考え方なのである。

悩んでも仕方のないことを切り捨てられるか?

この考え方の最大のポイントは悩んでも仕方がないことを切り捨てるということだ。不確定な未来への不安は現在のあなたが悩んでも仕方がないことだ。「今、ここ」に集中していれば、そのような不安を捨てることができ、結果的に孤独感を遠くに離しておくことができる。

少なくとも、今の自分が悩んでいることを、悩む意味があること(解決策がありそうなこと)なのか、悩んでも仕方のないこと(解決策のないこと)なのかは判断したい。その上で、自分が悩んでも仕方のないことにとらわれているならば、自分がそうした状態にあることを、まずは、認識することが大切だ。

アドラーの考えは実にシンプルである。しかし、その実践は思っているよりずっと難しい。私たちは往々にして、他人の悩みを自分の悩みとしたり、自分の幸せを他人に任せたりして生きている。それはそれで人間の素晴らしい面に直結することもあるが、人間の苦しみの源泉にもなりうるものだ。

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