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【介護の心理学17】脱中心化(decentering)

ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック(door in the face technique)

自己中心性(egocentrism)とは?

スイスの心理学者ジャン・ピアジェ(Jean Piaget/1896〜1980年)は、20世紀において、最も大きな影響力を持った心理学者と称されます。もともとは生物に関心を持ち、10歳にしてスズメについての論文を発表し、19歳で大学(動物学科)を卒業しています。生物学的な側面から人間の研究を行い、心理学者として大成しました。

ピアジェの研究の中には、人間の発達に関するものがあります。特に、0歳〜16歳ごろまでの心理的な発達については、自己中心性という概念を用いて、優れた説明を行っています。まず、この自己中心性について、簡単に考えてみます。

自己中心性とは、一般に理解されているように、利己的でわがままな状態を指す言葉ではありません。日本では「ジコチュー」と短縮されて使われたりもしますが、これは本来の意味からズレています。ここの誤解を解消することからはじめないと、自己中心性についての理解は得られないので注意してください。

自己中心性とは、特に幼児が、他者の立場から世界を観察することができないという認識上の限界を示す言葉です。幼児が言葉を話すとき、幼児は、その言葉が相手に理解されたかどうかについて無頓着であるということから導かれた仮説です。

ピアジェ自身、自己中心性という言葉が、広く誤解されやすいことに悩んだようです。途中から、自己中心性という言葉の使用をひかえ、新たに中心化(centering)という言葉を用いるようにもなっています。

対象の永続性(object permanence)とは?

自己中心性について考えるとき、対象の永続性(object permanence)という概念を理解しておく必要があります。実際にピアジェが行った実験について、少しだけここで紹介してみます。

赤ちゃんに、ぬいぐるみを見せます。このぬいぐるみを、布をかけて隠します。赤ちゃんは、この布をとって、隠されたぬいぐるみを発見することができるでしょうか。実験によれば、隠されたぬいぐるみを見つけられるようになるのは、生後8ヶ月を過ぎたころからでした。

後に、この実験には、ぬいぐるみを隠している布をとるだけの身体的な発達を考慮していないという指摘がなされます。別の研究者(Baillargeon)による実験では、赤ちゃんは、生後4ヶ月を過ぎたころには、布によって隠されているぬいぐるみを認知することができるとされました。

大人であれば、布に隠されていても、そこにぬいぐるみが存在していることが容易にわかります。そこにある対象は、隠されていても、永続的にそこにあるという認識を特に対象の永続性(object permanence)と言います。

生後4ヶ月に満たない赤ちゃんの場合は、この対象の永続性が(まだ)育っていないということです。この状態にある赤ちゃんは、自分の目で見えているものだけが存在し、見えていないものは存在しないように感じているはずです。

赤ちゃんは、この状態からスタートし、徐々に、目に見えないものの存在について、想像力を働かせることができるようになっていくでしょう。こうした想像力が発達すると、他者の立場から世界を観察するという能力を獲得できるようになります。

自分の目に見えているものだけが存在するという認識は、自己中心性が100%という状態です。ここから、対象の永続性に気がつき、想像力が発達していきます。そうして、自己中心性が低下していくことを特に、脱中心化(decentering)と言います。

脱中心化(decentering)とは?

このように、人間は、他者の視点に気づかないという高い自己中心性を持った状態から、多様な視点の存在に気づいていくという発達をとげていきます。この発達の過程こそ脱中心化という言葉が示す概念です。

もう少しわかりやすく言えば、物事の目立った特徴にのみ注目するのではなく、他の目立たない特徴についてイメージできる状態に向かう発達が脱中心化です。脱中心化が進むことで、人間は、客観性が高く、より優れた判断ができるようになるでしょう。

たとえば、大きなコップから小さなコップに水を入れ替えると、水位が高くなり、水があふれます。脱中心化が進んでいない赤ちゃんの場合、水の量が増えたと感じてしまいます。しかし脱中心化が進むと、水位だけでなく、コップの幅や底面積の大きさも考慮できるようになり、水は増えていないことが理解できます。

これは、単純に、コップの中の水の話にとどまりません。世界をより正しく認識し、優れた判断を行うためには、こうした脱中心化を、あらゆる物事について進めていく必要があるのです。ピアジェは、これが、人間の心理的な発達にとって重要な軸になると考えたのです。

脱中心化の進み具合には個人差がある

こうした脱中心化の進み具合には、個人差があります。これが十分に進んでいれば、より優れた判断ができるようになり、有利に生きていくことができるでしょう。しかし逆に、脱中心化が進んでいないと、様々な判断において、不利になってしまいます。

もともとは、子供の発達に関する仮説だった脱中心化が、現代では、大人の能力判定にも用いられるようになってきています。脱中心化がどれほど進んでいるかを判定する尺度(脱中心化尺度)も、整ってきているのです。

知能指数(IQ)のみならず、心の知能指数(EQ)についても注目しようという流れが生まれて久しいです。実は、このEQの測定には、脱中心化に関連する項目も含まれているのです。それだけ、脱中心化は、重要な概念という認識が持たれているということでもあります。

私たちが、要介護者について理解しようとするとき、相手の脱中心化が、どれくらい発達しているかという視点が重要になるのも当然でしょう。相手の判断が理解できないときは、自分と相手の脱中心化のレベルに差があるということです。

相手のほうが自分よりも発達している場合、相手の高度な判断が理解できずに苦しみます。逆に、自分のほうが相手よりも発達しているとき、相手の馬鹿げた判断にイライラさせられます。苦しみやイライラの根本原因が、脱中心化の発達レベルにある可能性もあるのです。

さらに、研究によっては、脱中心化が進んでいると、うつ病になりにくい可能性なども指摘されています(越川, 2009年)。要介護者や介護者も、うつ病に悩まされることが多いことがわかっています。うつ病への対応として、脱中心化を進めるトレーニング(瞑想など)が有効かもしれないという視点も、大切になってきます。

※参考文献
・越川 房子, et al., 『脱中心化傾向と抑うつとの関連』, 日心第73回大会, 2009年
・田中 圭介, et al., 『注意制御,マインドフルネス,脱中心化が心配へ及ぼす影響』, パーソナリティ研究 22(2), 108-116, 2013年

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