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認知症患者が入院中に転倒、病院に2,770万円の賠償命令

認知症患者が入院中に転倒、病院に2,770万円の賠償命令

もはや日本の病院には余裕がない

病院は、命に関わる怪我や病気に対して、専門家としての医療人が、その時代のベストの対応をしてくれる場所です。本質的には、命を救うという救命が病院の使命であって、病院は、命の危険にさらされている人々の最後の砦なのです。

もちろん、医療人には、それ以上のサービスが社会から求められています。また、病院によっても、それぞれに使命としているものが異なり、多様であることも忘れるべきではないでしょう。日本の医療は、世界でも有数の高レベルなものであり、国民は、これに感謝すべきところです。

同時に、現在の日本の病院は、大変な財政難になっていることも広く知られるべきです。現在の日本の病院では、人材不足と多忙が常態化しています。日本の病院の多くは、国内でもぶっちぎりのブラック労働によって、なんとか持ちこたえているような状態にあります。

そうした状態の病院に対して「あれもこれもお願いします」というのは不可能です。本来の病院の業務とは関係のないことまで病院に求めれば、本来の仕事に穴が空いてしまいかねません。それだけ、今の日本の病院は、疲弊しています。医療人たちの自己犠牲によって、ギリギリ、持ちこたえていると考えたほうがよいでしょう。

そもそも病院は安全な場所ではない

病院は、命に関わる怪我や病気に苦しんでいる人を、専門家が、なんとか救い出そうと努力してくれる場です。それ以外のことについては、気をまわしている余裕はありません。そう考えたとき、病院は、他の一般的な施設よりも、決して安全とは言えない場所なのです。

それこそ病院には、感染症の原因となるような多様なウイルスが(その患者を経由して)ウヨウヨしています。また、通常の薬剤に耐性を持っている特殊な菌までいるため、病院の外よりも、危険な環境になっています。

しかし病院は、国の社会福祉財源の枯渇の影響で財政難にあることが多く、安全対策にまでお金をかけていられなくなってきています。実際に大きな病院に足を運んでみればわかるとおり、ガランとした広い空間に対して(時間帯にもよりますが)意外と医療人の密度が大きくない状態になっているのです。

今後は、病院の中で犯罪が起こったり、事故が発生したりする可能性も高くなっていくでしょう。だからといって、病院には、警備や見回りを強化するような財務的な体力は残されていないのです。仮に、そうした対応を増やせば、病院から医療人を減らさないとならなくなります。病院とはいえ、財布は1つだからです。

病院内での事故で賠償命令が出た

そんな病院内で、事故が起こってしまいました。入院中に転倒し、障害を負ってしまった高齢者とその親族が病院を訴えたのです。近年、病院や医療人は、訴えられるリスクが上がっています。その事例の一つとしても、記憶に残しておくべきものです。以下、REUTERSの記事(2018年10月17日)より、一部引用します。

熊本市で2013年、認知症で入院中に転倒し、全身まひの障害を負った熊本県菊陽町の男性(95)と親族が、病院を経営する医療法人佐藤会(同市)に約3890万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、熊本地裁は17日、約2770万円の支払いを命じた。(中略)

小野寺優子裁判長は判決理由で、男性は歩く際にふらつきが見られ、転倒する危険性は予測できたと指摘。その上で、「速やかに介助できるよう見守る義務を怠った」と述べた。

この裁判の詳細な背景はわかりません。本当に、病院に大きな過失があった可能性もあり、この裁判について個別にコメントをするつもりはありません。ただ、こうした訴訟と、それに病院が敗訴したという事実は、多くの組織を萎縮させるのには十分です。そのリスクを、医療人以外の一般人も、理解しておく必要もあります。

ふらつきの見られる高齢者が差別されることになる

とにかく今の日本は「ふらつきの見られる高齢者」がいたら、その高齢者が転ばないように対応しなければ、訴えられて、巨額の賠償金を支払わなければならない社会だということです。見守っているだけでは、転んでしまう可能性もあるため、手を添える介助などをし続けないと、このリスクから逃れることはできません。

そうなると、いったい誰が「ふらつきの見られる高齢者」を積極的に受け入れるでしょう。そうした高齢者を受け入れたからといって、特別な手当が出るわけではないのです。ただ、ハイリスクなだけですから、一般の組織であれば「ふらつきの見られる高齢者」はお断りしていくことが合理的ということになってしまいます。

さすがに病院は、そんなことはないだろうと考えるのはナイーブです。たとえば、入院すれば助かる可能性のある高齢者であっても、ふらつきが見られたら、病院のリスクになるので、とても入院させられないという可能性もあるわけです。

繰り返しになりますが、個別には、過失が認められれば、賠償金を支払わなければならないのは、法治国家であれば仕方のないことです。ただ、全体としての日本を考えたとき、こうした事例が増えていくことは、高齢者が差別される社会の出現を後押ししてしまうばかりです。国としての大きなデザインの変更が求められています。

※参考文献
・REUTERS, 『病院に2770万賠償命令、熊本』, 2018年10月17日

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