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市の財政難により、自治体職員の給与カット(千葉県富里市)

市の財政難により、自治体職員の給与カット(千葉県富里市)

迫り来る破綻の波をかわせるか?

夕張市が財政再建団体として、事実上の財政破綻をしたのは2007年3月6日のことでした。ニュースなどでも取り上げられてきたとおり、放漫経営になっていた第三セクターなどは破綻処理され、公務員の給与および人員削減が勧められ、逆に住民税は上がり、ゴミ処理などの公共サービスが有料化されたりもしました。

人間には正常性バイアス(自分に都合の悪いことは過小評価する傾向)があるため、なんとなく、これは夕張市だけの話のような気がしてしまいます。しかし、心のどこかでは理解している通り、夕張市が経験したことは、これからの日本が経験することになる未来の姿です。

この流れが、少しずつ顕在化しつつあります。夕張市のように派手なニュースにならないまでも、公務員や公費に依存する企業に勤務する人々の収入は減らされ、逆に税金と各種公共サービスの価格は上がっていくのです。以下、朝日新聞の記事(2018年2月15日)より、一部引用します(改行位置のみKAIGO LABにて修正)。

千葉県富里市は4月から1年間、すべての一般職員の給与をカットすることを決めた。厳しい財源不足を補うためだといい、カット率は月の給料の0・5%。地域手当も削減する。市の財政運営のために一般職員の給与を減額するのは初めてだという。

市長、副市長、教育長は月の給料を1%カット、部課長らに支給されていた管理職手当も10%減額し、総額1億452万円を捻出する見込みだ。(中略)市長、副市長、教育長については、すでに2003年から段階的に減額しており、今回で減額率はそれぞれ11%、6%、4%になる。(後略)

財政については「やれることはやった」という姿勢の評価をやめよう

人間がなんらかの課題にアプローチするときは、2つのやり方があります。1つは、もちろん、本当にその課題を解決することに向かい、結果で評価されることを目指すことです。もう1つは、後で責任を問われないように「やれることはやった」と、努力をアピールするというものです。

日本で長く生きていれば、努力のアピールが有効であることは、誰もが知っているでしょう。負けが確定している勝負でも、最後まであきらめないで戦い続けることが美談になることもあります。実際に、そうした姿勢に感動することもあります。

ただ、こうした努力のアピールは、財政についてそれを認めてしまうと、大変なことになります。財政については、あくまでもその結果を評価しないと、自治体がつぶれてしまうからです。自治体がつぶれるということは、そこで暮らしてきた人々の生活もまた、立ち行かなくなるということです。

国政も大事ですが、自治体の政治は、今後ますます重要になっていきます。今回のニュースのように、自分が暮らしている自治体が、職員の給与カットをはじめた場合であっても、そうした給与カットをした結果として「あと何年、その自治体は持つのか」を評価しないとなりません。地元メディアも、そこを報道しないと意味がありません。

もっとも危険なのは、財政が事実上破綻してから、自治体の職員らの給与カットがはじまったりすることです。それは努力のアピールであり、責任を回避するための姿勢にすぎません。不採算の第三セクターを閉じることや、維持費ばかりがかかる自治体の施設の売却などは、本来は、破綻を避けるために済ませておくべきことです。

自治体の財政が継続的に悪化しているなら、その自治体の政治家は落選させないとなりません。もはやタイミングとしては、いま、そうして政治家を変えても間に合わない自治体が増えてきているはずです。その場合は、いかにそれが大変であっても、生きるために、引っ越しの準備をはじめるしかないでしょう。

※参考文献
・朝日新聞, 『財政難…結論は「全職員の給与カット」 千葉・富里市』, 2018年2月15日

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