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介護職の給与が15%も改善する?介護業界に「Price War」が勃発か(ニュースを考える)

介護職の給与が15%も改善する?ベネッセ系列による「Price War」勃発か

毎月の手取りが20万円に満たないのが普通?

介護職の待遇は、全産業平均よりも、年収ベースにすると100万円以上も安い状態にあります。毎月の手取りが20万円を切るような話も、決して誇張ではなく、現実としてよく聞く話です。こうした状況になっているのは、特定の介護サービスに対する「国で決められた単価」が安いことが最大の原因です。

そんな介護業界では「寿退社」という言葉の意味が、他の業界で使われるときとは異なります。介護業界では、世帯を持つことになった男性が、こうした手取りでは暮らせないから、しかたなく介護業界を離れていくことを「寿退社」と言うのです。ここには、怒りを前提とした強い皮肉が入っています。

KAIGO LAB としても、この問題を、介護業界最大の問題として記事にしてきました。もちろん、記事にするだけでは、この問題が解決したりしません。そこで、KAIGO LAB SCHOOL という活動を開始して、ただ批判するばかりにならないように注意してきたつもりです(それでは不十分であることも認識していますが)。

ベネッセ系列が大きな一歩を踏み出してくれた

こうした中、介護職の待遇を大幅に改善するという動きが(ついに)出てきました。ベネッセ系列の介護事業者が、介護職の待遇を最大15%アップさせるというのです。以下、日本経済新聞の記事(2017年3月22日)より、一部引用します(改行位置のみ、KAIGO LAB にて変更)。

ベネッセホールディングス(HD)は4月から介護職員の月給を最大15%引き上げる。人手不足で人材獲得競争が激しくなっており、報酬を増やして安定採用を目指す。月給の引き上げはベネッセHD子会社で介護や保育を手掛けるベネッセスタイルケア(東京・新宿)の介護職員が対象。同社は有料老人ホームなど308拠点を東京都を中心に展開する。

勤務地によって支払う手当を増やす。特に採用が厳しい東京都世田谷区では、月最大3万5500円の増額になる見込みだ。3年以上働く人への賞与も増やす。同社の職員のモデル年収では勤務1年目で46万円、6年目では67万円の増額になる。国は介護職員の月給を1万円相当増やす目標だが、ベネッセの増額分はこれを上回る。(後略)

単なる善意からの決断ではなく、人材の採用難による苦渋の決断とはいえ、評価されるべき大きな一歩だと思います。これによって、不足する人材を確保するために、他の介護事業者も、より高い給与を人材に提示しないとならなくなるからです。結果として、介護職の平均給与は、これから上昇していくでしょう。

介護業界で「Price War(価格戦争)」がはじまる?

経営学の基礎がある人であれば、この状況から「Price War(価格戦争)」という戦略を(可能性として)読み取ります。日本語だと「価格競争」と訳されることが多いのですが、この本質は「価格戦争」と呼んだほうがいいものです。どういうことか、少し複雑ですが、以下、考えてみます。

まず、ベネッセ系列の企業としては、こうして従業員の待遇を改善した結果として、コスト(人件費)が上がり、利益率は(かなり)下がります。介護業界の売り上げは、ほとんどが国によって統制されていますから、ベネッセ系列の企業といえども、経営が苦しくなるでしょう。ここに隠し球はありません。

ただ、ベネッセ系列ではない他の介護事業者も、こうしたベネッセ系列の動きに追従しないと、従業員の確保が難しくなるところに、戦略があります。この戦略により、日本の介護事業者は、ほとんど例外なく利益率が下がり、赤字のところが増えていきます。結果として、体力のない介護事業者から、倒産していくことになります。

「Price War」の狙いはここです。競合を体力勝負(資金力勝負)に誘い入れつつ、体力の格差によって、自分たちだけ生き残ることを目指すのです。他社が倒産してしまえば、業界内部の競争もなくなるでしょう。競争がなくなれば、人材の獲得競争や営業競争もなくなり、そこから利益率の回復が見込めるようになります。

最近の事例としては、シャープが液晶の「Price War」を仕掛けられて破綻しました。「Price War」は、仕掛ける側も血を流す体力勝負なのですが、この勝負に勝てれば、シャープほどの優良企業を、安価に買収することができてしまうのです。今回のベネッセ系列が仕掛ける「Price War」でも、着地が倒産ではなく、買収というケースも出てくるはずです。

本当に「Price War」になった場合の問題について

先の考察は、あくまでも可能性にすぎません。ただ、本当に「Price War」になった場合、立地としてベネッセ系列の企業に近い中小の介護事業者はひとたまりもありません。優良な介護事業者でも、介護職の確保ができなければ、経営は立ち行かなくなります。

問題は、こうした介護事業者に助けられている要介護者(利用者)がどうなるのかです。倒産した介護事業者が、体力のある企業に買収されればよいですが、そうもいかないケースも増えるでしょう。そうなると、要介護者としては、新たに自分の自立を支援してくれる介護事業者を探さないとならなくなります。

やっと見つけた介護事業者もまた「Price War」が長引けば、倒産していくことにもなりかねません。自分の自宅がある地域に、ベネッセ系列のように体力のある介護事業者があればラッキーです。しかし、そうした介護事業者がなかったらどうなるでしょう。介護難民になってしまいます。

こうした不幸な状態は、過疎化が進む地域で顕在化するはずです。「Price War」の環境下では、そうした地域で、赤字ギリギリで経営されてきた介護事業者から倒産することになるからです。介護事業者がいないと生きられない要介護者も多いですから、そうした要介護者は、住み慣れた地域を離れるしかありません。

もし今回の話が日本の介護業界における「Price War」に発展した場合、地方の過疎化は、さらに加速することになるでしょう。しかし、悪いのはベネッセ系列の企業ではありません。これは、介護職の待遇改善に貢献してこなかった、すべての人々の責任なのです。

※参考文献
・小林 美希, 『介護業界で“男の寿退社”が相次ぐワケ』, 日経ビジネスオンライン, 2010年3月29日
・日本経済新聞, 『ベネッセ系、介護職員の月給15%上げ 4月から』, 2017年3月22日

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