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介護保険料の徴収において、大企業の負担増が進められる(ニュースを考える)

介護保険料の徴収において、大企業の負担増が進められる

日本の介護を支えるための費用はどこから出ているのか?

これから、団塊の世代(1947~1949年生まれのベビーブーマー)が、後期高齢者(75歳以上)になっていきます。後期高齢者になると、要介護の状態になる可能性が高くなるため、これから多くの人が、親の介護に巻き込まれていくことになるのです。

現在の、日本の介護を支えるための費用は、次のような構造を持っています。実際に介護にかかる費用を10割としたとき、介護サービスを利用する人は、自己負担として、このうちの1割(所得の多い人は2割)を支払います。残りの9割は、税金と、40歳以上の人が納めている保険料でまかなっています。

しかし、日本の急速な高齢化によって、こうした財源が危機に瀕しています。このため、今後は自己負担分が1割から2割に増やされたり、これまでは40歳以上の人が納めてきた保険料を、40歳未満の人にも拡大されたりといったことが検討されています。

こうした、日本の介護を支えるための財源の確保という流れの中で、今のところ40歳以上の人が納めている介護保険料に、差をつけようという話があります。要するに、安定していて所得の多い大企業の社員からの徴収を多くしようということです。以下、時事ドットコムニュースの記事(2016年10月14日)より、一部引用します。

介護費用は利用者が原則1割を負担し、残り9割は公費と40歳以上の国民が納める保険料で賄っている。現在は大企業が中心の健保組合や、中小企業による「協会けんぽ」が加入者数に応じて保険料を支払う仕組みだが、協会けんぽの負担が相対的に重く、国が年1450億円を補助。厚労省は社員の報酬総額に応じて保険料負担を重くする「総報酬割」を導入すれば、大企業と中小企業の間の不公平感が減ると考えている。

ただ、大企業社員らの保険料は今より高くなるため、経済団体は強く反発。このため同省は、企業の財務状況に影響を与えないよう段階的な導入を検討。赤字の健保組合に対する負担軽減策の必要性も協議する。総報酬割が導入されれば、協会けんぽの負担が減るため国の補助が不要となる。政府は2017年度予算編成に向け、6400億円の増加が見込まれる社会保障費を5000億円程度に抑える目標を定めており、浮いた補助金を充てることで目標達成を目指す。

これは、実質的な賃下げとなり、個人の破綻が増加する

大企業の従業員からすれば、これは、実質的な賃下げとなります。介護保険料が上がるということは、それだけ、可処分所得が下がるということだからです。これは、現在の日本の状況を考えれば、十分に予想ができたことですが、それでも、対象となる人々にとっては、大きな問題でしょう。

大企業という切り口だけでなく、正規と非正規の社員という切り口もあります。すでに手がつけられていますが、所得格差による負担割合の調整などもあります。こうして、様々なところから介護保険料の徴収がなされていくわけですが、その行き着くところは、日本全体の生活レベルの悪化です。

心配なのは、長期ローンを組んで、自宅を購入している人々です。可処分所得は、今後も、最低限の社会保障を維持するために、どんどん減らされていくことになります。そうしたとき、一定の金額で出て行ってしまう長期ローンの支払い負担は(固定費なので)相対的に増していくことになるからです。

マクロに見れば、この心配は、一定の割合で家計の破綻が起こることを示しています。よく、日本国債の暴落による国の破綻ということが話題になりますが、それよりもずっとリアリティーがあるのは、実は個人の破綻です。当然ですが、国が破綻するずっと前に、個人は破綻しているはずだからです。

恐ろしいのは、自分の未来が破綻しているということは、なかなか自分では自覚できないということです。苦しくても、なんとかやれているというのは、あくまでも現在のことでしょう。未来は、とても、楽観的になれないような状態であっても、それが自分のことのようには感じられないものです。

増水した川を見に行って、不幸に巻き込まれてしまうというのは、心理学的には「正常性バイアス」と呼ばれる人間の傾向によると考えられています。要するに「自分だけは大丈夫」と考えてしまうようにできているのです。

個人が「正常性バイアス」から自由になれば良いということでもない

では、個人が「正常性バイアス」から自由になって、多くの人が質素倹約につとめれば、それで良いのかというと、違います。個人レベルでは、確かに、もはや無駄遣いなどできない状況にある人が大多数になります。しかし、それではということで、誰もが質素倹約に向かってしまうと、日本の景気は極限まで悪化してしまうのです。

このように、個人レベル(ミクロ)では正しいことが、国家レベル(マクロ)では悪いことにつながってしまうことを、特に合成の誤謬(ごうせいのごびゅう)と言います。これがあるため、国としては、国民に対して「個人レベルでは、危険な状態ですよ」ということを伝えられないのです。

それに、いかに個人レベルでの破綻の危機が(かなりの人において)あったとしても、あくまでもそれは予想にすぎません。未来のことですから、出生率が大幅に回復したり、外国人が流入してきて人口が一気に増えるということも、確率は低くても、ありえます。

こうした未来の不確実性があるので、国としても、個人の破綻の危険性を宣伝しなくても、嘘をついているわけではないということになります。嫌な話ですが、アンテナが立っている人だけが危機を回避しようとしており、そうでない人は、危機に向かってまっしぐらというのが現実なのでしょう。

※参考文献
・時事ドットコムニュースの記事, 『健保組合の負担軽減へ=介護保険見直しで-厚労省検討』, 2016年10月14日

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