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2025年問題の核心(介護と医療の崩壊)

2025年問題の核心

2025年問題が起こってしまう背景

一般に「2025年問題」というと、団塊の世代を構成する約700万人が、後期高齢者(75歳以上)に到達することで発生する諸問題のことを指しています。団塊の世代は、第一次ベビーブームを作った人々で、人口ボリュームが非常に大きいのです。

これにより、現在、1,500万人程度の後期高齢者の人口は、2025年には2,200万人にまで膨れ上がります。後期高齢者に到達すると、要介護出現率(介護が必要になる人の割合)は14%程度になることが知られています(生命保険文化センター, 2015年)。約700万人の14%というと、ほぼ100万人です。

65〜74歳(前期高齢者)での要介護出現率は6%程度ですから、このうち、約45万人はすでに要介護状態にあると考えられます。そうなると、これから2025年に向けて、少なくとも50万人以上の要介護者が新たに生まれることになります。

これを受けて、厚生労働省は、現在の介護保険財源である年間約10兆円が、2025年には倍の約20兆円になると予測しています。また医療に関しては、現在は約40兆円という年間予算が、2025年には約60兆円になるとも考えられています。介護と医療で、2025年までの追加予算が年間で約30兆円も必要になるのです。

もちろん「2025年問題」とは、こうした財源枯渇だけの問題ではありません。仮に財源がなんとかなったとしても、介護業界には、追加で約80万人の労働者が必要だと言われています。それにもかかわらず、介護福祉士の養成学校は全都道府県にて定員割れ(入学者は定員の50%にすぎない)を起こしています。

介護業界の人材不足は、二交代制の夜勤などがある厳しい労働環境にもかかわらず、手取りにして20万円にも満たない待遇の悪さに原因があります。この待遇を改善するには、より大きな財源を確保する必要があります。そうなると、結局のところ「2025年問題」は、財政上の問題に帰着できるのです。

この財政問題の本丸はどこにあるのか?

介護をめぐる財政問題を取り上げると、決まって発生する財源についての議論があります。こうした議論には、それぞれに可能性をさぐる意味もありますが、同時に、限界もあります。以下、この財源の議論を簡単に考察していきたいと思います。

1. 企業の内部留保を取り崩せばいい?

まず槍玉にあがりがちなのが、企業の内部留保です。内部留保とは、企業が、経済活動を通して得た利益を積み上げてため込んでいる数字のことです。ここに大きな余剰金があるなら、企業にかける法人税を高めれば、もっと企業からお金が取れそうです。

しかし、これは会計的な知識が足りないために発生してしまう誤解です。内部留保は、企業の利益から法人税・配当金・役員賞与などを除いた金額で表現されます。お金の単位で表現されるので、あたかも、そこに現金が積み上がっているように見えてしまうのです。

しかし、このお金は、一部メディアが報じるような「埋蔵金」ではなくて、土地・建物・機械・ソフトウェアといった将来のための投資が多く含まれています。もともとはお金ですが、それは、お金以外のものに形を変えているのです。

とはいえ内部留保の一部は、確かに現金として銀行に積み上がっています。しかしそれは、不況や災害などが訪れたときなどのための、安全のための資金でもあります。日本の企業に現金の内部留保が必要なのは、従業員の解雇が極端に難しいからでもあります。不況のときにも、従業員を解雇できないため、その分の給与を積み上げておかないと倒産してしまうのです。

いま、日本の大手企業100社は、だいたい100兆円分程度の内部留保を持っていると言われます。仮に、これが全て現金だとして、すべて国が取り上げるとしても、追加で必要になる介護と医療の予算の3年分にすぎません。2025年から3年で、この予算は枯渇してしまいます。しかも、先に述べたとおり、これは全て現金というわけではありません。

百歩譲って、内部留保がすべて現金であるとします。この場合、大手企業以外の内部留保も含めれば、かなりの金額になるでしょう。しかし、それでもこれ以上、日本の法人税を上げることは現実的ではありません。いまの日本の法人税(国税+地方税)は、だいたい33%程度です。これはフランス(33%)、ドイツ(30%)、中国(25%)、韓国(24%)、イギリス(20%)、シンガポール(17%)などと比較しても、すでにかなり高い値です。日本で企業を経営するのは、今でもかなり難しいのです。

ですから、法人税を上げると、企業は日本から出ていってしまいます。ここで「日本企業なのだから、日本から出て行くのはおかしい」というのは感情論です。日本企業の株主の3割以上は、もはや外国人です(今後も増えていきいます)。株主としては、企業により多く儲けてもらわないといけないので、法人税の高い国からは、本社を移転するように経営者に迫ります。また、法人税が高い国には、外国企業を誘致するのが困難です。

実は、アメリカの法人税は41%と、かなり高い法人税です。それでも会社の経営が成立するのは、アメリカでは、従業員の解雇が簡単という側面があります。解雇できるので、内部留保が少なくても、不況を乗り切れるというわけです。

この議論の着地点は(1-a)法人税をあげて、内部留保を減らす(1-b)その代わりアメリカ並みに解雇が自由にできる国になる(1-c)それでも財源は足りない、というところです。これを実行する場合は、ある日、いきなり解雇されることのある社会を受け入れないと無理です。それでも財源は足りないのですが。

2. 国防予算を削減して介護や医療の財源とすればいい?

まず、日本の国防予算は5〜6兆円程度です。これは中国の国防予算が20兆円(日本の4倍)を超えている現実を考えると、むしろ少ないくらいです。その分を、アメリカ軍の駐留によってなんとか補っているのが現代の日本です。

アメリカは、国防予算として60兆円を超える金額を拠出しています。日本は、この「傘」の下にあるため、少ない国防予算でも国の安全を守れているのです。しかし今、アメリカも、国防予算に使っているお金を、社会福祉や教育にまわそうと画策しています。

アメリカの社会福祉はひどいもので、盲腸の手術をすると500万円以上のお金がかかったりします。アメリカの大学も、毎年500万円くらいの学費がかかり、卒業までには2,000万円は見込んでおかないとなりません。こうした状況にあって、国防予算に60兆円ものお金を使っているのは、アメリカとしても限界なのです。

ですから、今回のアメリカの選挙の行方によっては、アメリカ軍が日本から撤退する可能性もあります。そうなれば、もちろん基地を押し付けられてきた地域にとってはハッピーなことです。しかし、財政という意味では、より多くの国防予算を積まないと、日本の安全が守れなくなります。

ここでも百歩譲って、日本は国防予算をゼロとして、いっさいの自衛権すら放棄するとします。それでも、年間5〜6兆円の予算では、2025年に追加で必要になる介護と医療の財源30兆円には程遠い金額です。金額としても全く足りないだけでなく、日本は、マシンガンを持った数十名のテロ組織によって制圧できてしまう脆弱な国になります。

日本は、先の大戦の反省から、軍事にアレルギーがあると思います。また、憲法をめぐって長い議論もあり、うんざりしているというのも本音かもしれません。もちろん、軍隊のない世界を作り出すのは大きな理想であり、日本がそのリーダーシップを取るというのは魅力的なビジョンです。しかし、現実として暴力がまだなくなっていない世界で軍事力を捨てるということは、攻め込まれても抵抗できないということです。それは、さすがに(まだ)受け入れられないでしょう。

この議論の着地点は(2-a)国防予算をゼロにする(2-b)それでも介護と医療の財源としては全く足りない(2-c)テロに対して脆弱な国家ができあがる、というところです。これを本当に実行するのは危険です。むしろ、中・長期的には、アメリカが膨らみすぎた国防予算の削減に入るため、日本は、国防予算も高めていく必要も考えないといけません。

この議論は、そもそも、介護や医療の財源としては全く足りないというところが大事です。これはこれで、とても大切な議論なのですが、日本の介護や医療といった社会福祉の財源の議論とは切り離して考えるべきです。

3. 国の税金の使い方に問題がある?

ここが本丸です。国は、一般会計の財源が約95兆円と言います。しかし実際には、この裏に特別会計という予算があって、一般会計と特別会計を合わせると、国の年間予算は約250兆円くらいはあります(これを約500兆円とするのは、会計の重複分を考慮しないことによる誤りです)。

つまり、2025年に必要となる介護と医療の予算(20兆円+60兆円)は、一般会計だけ見ていると恐ろしい数字なのですが、国全体の予算である250兆円から考えると、本当は「やりくり」できる問題なのです。

では、正面きって議論されることの少ない特別会計とはなんでしょうか。これは、日本の各省庁が、国民の許可を得ることなしに(ある程度)自由に使えてしまうお金です。それぞれが、難しい試験を突破した優秀な官僚によって管理されてはいます。しかし、その内容については、事実上、チェック機能が存在していないのです。

先に、企業の内部留保は「埋蔵金」ではないことを述べました。しかし、この特別会計は、本当の「埋蔵金」です。かつて塩川正十郎(塩爺という愛称で親しまれた)が、この特別会計を指して「母屋でおかゆをすすっているときに、離れですき焼きを食べている」と述べました。これは、国民が厳しい財源で生きているときに、政府・官僚は贅沢をしているという意味です。

ここの議論の着地点は(3-a)いまの特別会計が本当はどのような中身になっているのか理解する(3-b)それを一般会計と合わせてチェックする体制を構築し、管理運用していくための組織を構築する(3-c)その上で、これからの日本の社会福祉のあるべき姿を構想する、というあたりになります。

本当は、ここが介護や医療といった日本の社会福祉の財源に関する議論の核心であるはずなのです。きちんと精査すれば「2025年問題」を解決するための財源くらいは、特別会計からずれば10%程度のことですから、なんとかなると考えられます。

2025年問題の核心

日本の社会福祉をまっすぐに考えるとき、かならず「2025年問題」に至ります。本当は、いますぐにでも特別会計に手をつけないと間に合わないのです。しかし、おそらくは、ここへの突入は(いまは)できないと思われます。それは、既得権をはがすという、人類史上、ほとんど成功事例のない活動だからです。

そうなると、企業の内部留保だとか、国防予算だとかが、大手メディアの槍玉に挙がっていくことになります。大手メディアは、大手企業がスポンサーです。そもそも、大手メディアは、自分たちもまた、内部留保を持つ大手企業という側面もあります。ですから、大手メディアは、企業の内部留保については、それほど本気には攻め込まないでしょう。すると、国防予算あたりが、攻撃の対象になっていきます。

しかし、そこは本丸ではありません。

特別会計という本丸に火がつくのは、結局、この「2025年問題」が爆発してからになるでしょう。道端で高齢者が死んでいる状況が当たり前になって、それが自分たちの将来であるという認識が広がってはじめて「2025年問題」は、本格的な議論の対象になっていくはずです。

そのとき、私たちが経験するのは、明治維新にも等しい大きな社会変革です。それができなければ、日本は死滅していくことになります。そうなると、日本から脱出できる人材と、そうでない人材の間に恐ろしい格差が生まれるでしょう。

日本が、社会変革を超えて社会福祉に優れた国家に脱皮できるのか、それとも死滅するのか・・・これが、2025年までのあと10年程度の期間のうちに、決まってしまうのです。繰り返しになりますが、このとき、企業の内部留保や国防予算の話は本丸ではありません。大手メディアの誘導に乗らないように、注意したいところです。

※参考文献
・生命保険文化センター, 『介護や支援が必要な人の割合はどれくらい?』, 2015年
・厚生労働省, 『介護保険制度を取り巻く状況』, 社保審-介護給付費分科会, 第100回(2014年)
・今井博久, 『2025年問題とは何か:公衆衛生が直面する問題の諸相』, 保健医療科学 65(1), 2-8, 2016-02

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