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介護地獄から抜け出るために、ほんとうに必要なこと(家族会の意義について)

介護地獄から抜け出るために

介護地獄としか表現できない現場がある

介護にまつわるネガティブなイメージを払拭しようとする活動があります。そうした活動には意味があり、KAIGO LAB としても、できる限り応援したいと思っています。こうした活動によって、少しでもポジティブに介護に向かえる人が増えるなら、嬉しいことです。

ちょっとしたところでは、介護メディア向けの記事を依頼される場合、依頼主から「できるだけポジティブに書いてください」と言われることが多いです。依頼主としては、介護に関する記事にはネガティブなものが多いので、ポジティブな記事によって差別化しようとしているのでしょう。

同時に、こうした活動が増えてきているのは、介護の現場には地獄としか言えないケースがあるという事実があるからです。いかに、表面だけポジティブになったとしても、それによって介護地獄が消えるわけではありません。

ですから、ポジティブを目指す活動にも意味がありますが、同時に、地獄を直視し、そこから抜け出るための方法論を考えて共有していくような場も必要です。ポジティブでありながら、現実から逃げることなく、それと戦っていくことが大切です。

介護とは、多くの絶望をともなう、長い戦いである

ある二人暮らしの老夫婦がいました。ご主人は要介護4(レビー小体型認知症)で、常時車イスを利用していました。ある酒造メーカーに勤めていたご主人は、現役時代から酒、タバコとギャンブルが大好きで、帰宅しないこともしばしばだったと言います。

そんなご主人が作った借金を返済しながら、二人の子供を育てあげたのは奥様でした。

ご主人は亭主関白を絵に描いたような人でした。奥様は小柄な身体で、それでも懸命にご主人に尽くしていました。しかしある日、この奥様が倒れて入院してしまったのです。介護職がお見舞いに行くと、奥様は「もう私は二度とあの人と暮らしたくはありません」と言い切りました。

しかし奥様の入院によって、ようやく奥様の存在のありがたさに気づいたご主人は、ここから変化します。ご主人は、ある日突然、女性の井戸端会議に声をかけたのです(後でわかったことですが)。

「すみません、実はうちの女房が身体を壊して入院してしまってるんです。本当に勝手なのですが、女房のために千羽鶴を折りたくて。鶴の折り方を教えてくれませんか。このとおりです」

誰にも頭を下げたことのなかったようなご主人は、そのプライドと引き換えに、千羽鶴を完成させ、届けました。口下手なご主人の代わりに、この千羽鶴を完成させるまでの苦労を奥様に伝えたのは、介護職です(こうしたところが、介護職の仕事の醍醐味でもあります)。奥様は、この介護職の話を聞いて、次のように話しました。奥様の身体は、目に見えて震えていたと言います。

「私は、長年あの人に尽くしてきて、最後の最後で介護が必要な人になって、どこまで尽くせばいいんだって自分の人生を恨みました。でも、私はあの人と連れ添ってきて良かった。介護が必要になってよかった。今私は心からそう思うんです」

これは、数少ない「美談」ではない

介護地獄を「美談」にする気は全くありません。この奥様のように、身勝手なご主人に尽くすことが良いとも思いません。しかし、介護の苦難になんらかの意味を見出し、地獄から抜け出し、それまでとは全く違う世界に到達するというケースは、介護職からすれば「よくある話」だったりします。

いま、目の前にある介護地獄に苦しんでいる人からすれば、そんな気休めのような「美談」に意味を見出すことはできないでしょう。ただ、理解しておきたいのは、数多くの介護を見ることになる介護職からすれば、こうした話は「美談」ではなくて、ほんとうに数多く出会うことだという事実です。

とはいえ、自分の行っている介護が、そうした数多くのケースと同じように、ポジティブな方向に向かうなんて信じられない人が多いと思います。なぜなら、介護職のように、実際に自分の目で、そうしたケースを見ることはできないのですから。

だからこそ、つながってもらいたいのが「家族会」です。

「家族会」は自分なりの希望を見つける場所

現在、日本にはたくさんの介護に関する「家族会」があります。こうした「家族会」には、今まさに家族の介護に苦しんでいる人はもちろん、介護の卒業生が多数集っています。

そこでは、たくさんの介護地獄の、本当に生々しい話が交わされています。話の内容は深刻なのですが、不思議と、悲壮感は(あまり)ありません。むしろ、覚悟を持って生きることの清々しさが感じられます。

「家族会」も様々で、地域に根差したものもあれば、介護サービス事業所や施設の利用者家族を対象としたもの、認知症やパーキンソン病、難病など、特定の疾患に絞った「家族会」もあります。形式としても、家族だけで参加するものから、介護を必要とする本人も一緒に参加するものまで様々です。

自分にあった「家族会」を見つけるのは簡単なことではないかもしれません。しかし、介護職に相談するなどして、なんとか、そうした「家族会」とつながってもらえたらと思います。

それでも、介護地獄は抜けられないかもしれません。ただ、同じような地獄に苦しむ仲間を得て、精神的に支え合うようなことは、きっと無駄にはならないと信じています。
 

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