閉じる

毒親(どくおや)の介護は、とてもやれない。しかし、長寿化が毒親を生むとしたら・・・

毒親の介護

毒親(どくおや)とはなにか

アメリカの精神医学者による著書『毒になる親』(スーザン・フォワード著)のタイトルを略して「毒親」と言います。アマゾンで300件以上のレビューが付いているベストセラーでもあります。

ひどい言葉ですが、これは、子供の人生を支配して、自分に都合のよいように子供を利用する親のことを示した言葉です。そして現実に、こうした親が少なくないからこそ、そこからベストセラーが生まれ、広まった言葉でもあります。

この「毒親」が生まれてしまう背景としては、これといって自分に誇るところのない親が、子供の自立を妨げ、子供を自分に依存させておくことで、自分が重要な存在であることを維持しようとするような心理が研究されています(共依存)。

『毒になる親』には、「毒親」の子供は「毒親」のいいなりになる必要もないし、様々な仕打ちをしてきた「毒親」を許す必要もないということが述べられています。さもないと、自分の人生が「毒親」によって支配されてしまうからです。

介護現場における「毒親」の存在

中村寿美子氏(株式会社ニュー・ライフ・フロンティア有料老人ホーム・介護情報館・館長)が、介護現場における「毒親」の実態について、その実情を報告しています。以下、その報告から、いくつか引用します(太字はKAIGO LAB)。

◯実家に帰ると母親は長男の自分に「会社を辞めて帰っておいで!」と無理難題を吹っかけてきて、良い返事をしないとお茶わんやお皿が飛んでくるので、座布団でよけるんです。

◯遠距離介護で実家に行くのは月1回なので、行けば2,3日泊まって食事の世話だけでなく、夜具の手入れなど、生活に困らないようにしてあげるのに、母からは感謝の言葉もなくて、帰る日になると「離婚して孫連れて戻ってきてくれない!」と無茶なことを言い出すんです。

◯一人暮らしが心配なので、ホーム暮らしを勧めると、「こんな立派な家があるのに、どうして老人ホームになんか行かなきゃならないのか?自宅が一番いいよ!お前が手伝いに来れば済むんだ!」と勝手なことを言います。

◯介護サービスを頼もうとすると、「家には他人を入れたくない。お前が来ればいい!」さらに、テレビショッピングで次から次へと買い物をして、その付けを子供にまわし、買い物三昧の母の部屋は、使わない商品で埋まっている状態

年老いた親にも我慢してもらうしかない

歳をとると、自分として社会の役に立つようなことは減ってきます。すると、自分が重要な存在でありたいがために、子供の人生を支配し、子供を自分に依存させておきたいという心理が働くのかもしれません。誰もが、高齢化してくると「毒親」になっていく可能性があるということです。

こうしたとき、親のいいなりになって職場を辞めてしまったり、離婚して同居をしたりすれば、大変なことになります。それは自分の人生を捨てるということであり、将来、自分の面倒を見てくれるような人との縁も切るということです。

どのみち、完璧な介護などできません。介護に関わる誰もが、何かを我慢しつつも、自分として守りたいことだけは守っているわけです。我慢だけだったり、自分のことだけだったりする介護は、必ず破綻します。

「毒親」との対決が必要なとき

親の希望も大事ですが、それはあくまでも、子供としての自分の人生を守れた上での話です。いかに偉大な人物であったとしても、誰かの人生を丸々支配するようなことは許されないことです。

「親は子供のことを誰よりも思ってくれている」

というのは、幻想であることも多いです。「毒親」が本当に手に負えなくなったとき、私たちは、それと対決しないとなりません。親ですから、子供であるこちら側の弱点も熟知しています。それと対決するのは、心理的にもかなり厳しいことです。

それでも、「毒親」があまりにも身勝手で、子供のことをいつまでも支配下に置こうとし、それに付き合いきれない状態になったときは、やはり対決しないとなりません。もちろん、それを受け入れて、自分を犠牲にするという選択をするのも個人の自由ではありますが。

「毒親」との対決には、最悪、関係修復が不可能になることも覚悟しないとなりません。それ自体が不安に思えるとしたら、それは「毒親」が長年、子供である自分にしこんできた「支配」です。多くの人は、別に、親がいなくても、しっかりと生きていけるはずです。

多かれ少なかれ、誰にも、親によって自分の人生を狂わされる部分というのはあるものです。人は、自分が生まれてくる環境を選ぶことはできないので、仕方のないところも多いでしょう。本当に、ひどい「毒親」というのは存在しています。

しかし、自分が小さいころであれば、それは自分ではどうしようもなかったことも、大人になった今は、対決することができます。自分の人生は、自分で切り開くものだということを知っているのが大人です。「毒親」を受け入れるにせよ、対決するにせよ、その結果に責任を持っているのは、自分しかいないのです。

※参考文献
・中村寿美子, 『仕事と長期介護の狭間で揺れ動く心』, DIO(2015年3月号)
 

KAIGOLABの最新情報をお届けします。

この記事についてのタグリスト

PR