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認知症の介護負担(客観的負担)は減らせないとしても、負担感(主観的負担)は減らせるかもしれない。

認知症の主観的負担

認知症の症状が生み出す客観的負担と主観的負担

先の記事でも取り上げましたが、認知症の要介護者を介護する家族にとって、ストレスと時間的な負担が大きいことが問題であることがわかっています。しかし、認知症という病気そのものから生じる介護の負担自体を軽減するには、国家規模での「レスパイト」の整備など、簡単にはやれない対策に帰結してしまいます。

そこで研究者たちは、認知症の介護そのものを軽くする研究(客観的負担の軽減)だけでなく、介護者である家族がそれを負担を感じないような要因の研究(主観的負担の軽減)も行ってくれています。

介護者(家族)としては、もちろん、客観的負担の軽減こそ、本丸です。ただ、それは、自分たちにはどうすることもできないことでもあります。待っているしかないというのも辛いので、待てなくなるのは、とても怖いことでしょう。

そもそも、特定のイベントが、その人にとってストレスになるかどうかは、個人の認知的評価(主観的な評価)によって変わってくることが知られています。さらに、こうしたストレスへの適応は、個人がストレスをどのように処理するかという、個人の努力にもよることもわかっています。であれば、認知症の介護をストレスに感じない人というのは、それをどのように評価し、どのような努力をしているのかが知りたくなるわけです。

家族の交流が大事という結果が出ている

研究の結果、認知症の主観的負担が大きいかどうかは、もともとその家族が、仲のよい家族かどうか(家族システム)には関係ありませんでした。場合によっては、仲があまりよくない家族であっても、認知症に対して上手に対応している家族もあれば、そうでない家族もあるようです。

認知症の主観的負担をもっとも減らす効果があるのは、家族の交流(心配や愚痴をきき励ましてくれる、代わって介護・留守番をしてくれる、買い物や用事をしてくれる、といったこと)であることがわかったのです。

もともと仲がよいかどうかではなくて、認知症への対応をきっかけとして、こうした交流が増えたかどうかが大事ということなのでしょう。認知症は、進行性の病気です。それまでやれていたことが、やれなくなっていきます。状況の変化がはげしく、それに対応していくのは困難です。

このとき、家族が助け合い、お互いを励まし合い、負担を押し付け合うのではなくて、個々がやれることを自発的にやっていくことができれば、認知症介護の主観的負担は減らせることがわかりました。そして、それに成功してる家族もいれば、そうでない家族もいます。

これは理想論ではなくて、事実です。今後は、具体的にどのような交流が、認知症介護の主観的負担を軽減するのかといった、よりつっこんだ研究が必要になってくるでしょう。

※参考文献
・佐伯あゆみ, 『認知症高齢者を介護する家族の家族機能および家族システムが主介護者の介護負担感に及ぼす影響』, 日本赤十字九州国際看護大学 IRR, 第5号(2006年12月)
 

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