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介護の精神的負担について事例から考える

介護ストレスを抱える自分の気持ちを、どれだけ理解していますか?

介護をする自分の負担を把握していますか?

介護をする家族のストレスをまとめて介護負担と表現します。介護負担を大きく分類すれば、精神的負担、身体的負担、経済的負担の3つになります。今この記事を読んでいる人も、それぞれに何らかの介護負担を抱えていると思います。

当然のことですが、介護生活にはたくさんの負担があります。しかしあなたは、自分が抱えている介護負担について、どれだけ理解しているでしょうか。なんとなく「辛いな・・・」と感じてはいても、その段階で止まってしまってはいないでしょうか。

忙しい介護生活の中で、自分を見つめ直すことはおろか、休息の時間を取ることもままならないというのが現実だとは思います。しかし、介護は長期戦です。だからこそ、自分自身の介護負担をできる限り客観的に見つめ、そうした負担の軽減に努めないと、介護生活を乗り越えていくことが困難になります。

実は、介護のプロ(介護職)などの対人援助専門職は、ケアを行う自分自身のことを、できるだけ客観的に見つめるための教育を受けています。そうして、介護負担への対処を自ら行い、万全の心身状態を維持するための努力をしているのです。

介護に慣れている介護職にとっても、要介護者と向き合うことは簡単なことではありません。介護職の心身にかかる負荷は相当なもので、このストレスを上手に逃がせるようにならないと、介護職として仕事を続けていくことも困難になります。

介護負担の原因を明らかにしてストレスへの対処した事例

以下、介護負担の原因を明らかにして、ストレスへの対処を実施した事例を2つほど紹介します。介護負担は人それぞれなので、読者には当てはまらないところも多いとは思いますが、ほんの少しでも参考になれば幸いです(個人が特定できないように、一部、事実とは異なる内容になっています)。

1. 強い責任感をもって介護に対応していた事例

認知症の実母を介護している息子さんがいました。彼は、奥さんと子供二人と一緒に実母と同居して介護をしていました。息子さんは、実母の認知症の症状によって、家族が眠れないことや気が休まらないことを申し訳なく感じていました。実際に彼は、度々、そのような言葉を漏らしていました。

しかし、奥さんとお子さんに個別に介護負担について伺ってみると、認知症の介護については、そんなに負担を感じてはいなかったのです。むしろ、彼が介護を抱え込みすぎていることのほうが心配だと言うのです。もっと家族の皆で考えて向き合えばいいのに、責任感から、彼は一人で苦しんでいるように見えるとのことでした。

つまりこの息子さんの場合は、認知症の介護そのものも負担であることは当然としても、自らの強い責任感もまた、大きなストレスの原因だったのです。責任感を持って介護に臨むことは素晴らしいことですが、それだけでは、必ずしも理想的な介護につながるとは限らないのです。

私は、この家族の家族会議に同席させていただきました。その場で、奥さんやお子さんの思いを話していただき、息子さんが一人で抱えている介護の役割の一部を、奥さんやお子さんとも分かち合うことに合意しました。さらにその場で、家族でやらなくてもよいことも見つけ、介護サービスの導入も実現しました。

これだけで、認知症の介護からくる負担がゼロになったりはしません。息子さんの介護負担がどこまで減ったかは、まだ、はっきりしたことは言えません。ただ、この家族は、お互いの気持ちを正直に伝え合うことによって、より優れたチームになったのではないかと感じています。

2. 相手の望むように生活をさせてあげていた事例

要介護の実母と二人暮しの娘さんの介護負担についてです。娘さんは日頃から「母の望むように生活させてあげたい」というのが口癖でした。その通り、お母さんは心身の状態低下は緩やかに進んでいましたが、幸せそうに暮していました。

ところが娘さんの方は次第に元気がなくなって行きました。お母さんの介護が大変なのか?仕事との両立がうまくいかないのか?介護サービスを増やして、休息(レスパイト)の時間を取ったりもしたそうですが、元気はあまり戻りませんでした。

そして、お母さんは骨折をきっかけに入院先で肺炎になりました。急激に健康状態が悪化してしまい、90代後半という年齢もあって、医師からは「経口摂取は難しく、終末期に入ります」と伝えられました。

その時お母さんは、医師の意見に合意し、延命を望みませんでした。しかし娘さんは、お母さんに少しでも長く生きて欲しいと願いました。このとき、娘さんは「母の望むように生活させてあげたい」という自分自身の考えとの矛盾を見出したのです。

振り返ってみれば、これまでも、介護サービスをもっと利用して欲しい、偏った食生活からバランスのとれた食事をして欲しいといった、娘さんとしての要望がありました。しかし自分自身の「母の望むように生活させてあげたい」という言葉にしばられて、そうした要望は、お母さんには伝えられなかったのだと言います。

私は、この娘さんが、お母さんの意志にはじめて反対する持論を伝える場をセッティングしました。お母さんは、娘さんの気持ちを理解し、結果として、お母さんもまた延命を希望することになりました。もちろん、この判断が正しいことかどうかはわかりません。ただ、娘さんの笑顔は増えたように感じています。

自分自身のことには、なかなか気がつけない

先にとりあげたのは、たった2つの事例にすぎません。それを統計的な事実というつもりもありません。介護負担の根本となる要因は人それぞれです。ただ、介護職として日々多くの家族に接していると、介護をする人の介護負担は、特にその精神的負担の評価という部分において、かなり複雑だと感じています。

私が介護の現場で接する中でも、身体的負担や経済的負担の軽減であれば、対処方法はある程度まではマニュアル化されています。しかし、精神的負担の軽減については、介護職の専門分野の1つではあっても、暗中模索で手探りな状態というのが実情です。

仕事と介護の両立というのは、かなりの困難をともなうことです。そうしたことを日常的にこなしている人は、特に、自らの精神的負担についての理解を深めてもらいたいと願っています。しかし人間というものは、どうにも、自分自身のことについては、なかなか気がつけないものなのかもしれません。

だからこそ、介護職はもちろん、当事者の集まりである家族会など、あなたの介護負担についての「外部の目による評価」を活用してもらいたいのです。ある意味で、身体的負担や経済的負担の軽減は、それぞれの限界まで合理化されています。しかし、こと精神的負担については、まだまだ改善できる余地が残されていると思うからです。

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