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元自衛隊のメンタルヘルス教官が考える「折れそうもない人」が折れてしまうとき(別人化)

元自衛隊のメンタルヘルス教官が考える「折れそうもない人」が折れてしまうとき(別人化)

心が折れるパターンには2つある

「心が折れる」というのは、ストレスに耐えきれなくなってしまい、うつ病などを発症することを指した言葉です。専門的にも様々な研究があるのですが、そうした中で、長年、自衛隊においてメンタルヘルスを担当していた教官による考察が非常に興味深いものになっています。

以下、dot.の記事『元自衛隊メンタル教官が教える「折れてしまう」原因は、ストレスではなく◯◯だった』(2016年2月8日)を参考にしつつ、これを介護という文脈で考えてみたいと思います。

この記事で取り上げられている、自衛隊の元教官である下園氏は、自衛官たちの厳しい任務遂行を心理的にサポートする役割を担っていました。その下園氏によれば、そもそも、通常の状態でも心の折れやすい人と、そうでない人がいると言います。

心の折れやすい人の場合は、その人の辛い気持ちに寄り添うと同時に、厳しい社会に適応できるようにサポートしていくことが重要になるそうです。もう一方は、能力、責任感、意欲があり、多少のストレスでは心が折れそうもない人です。こうした人でも、ある日突然、折れてしまうと言うのです。

それだけ、自衛官の任務は過酷ということです。同時に、こちらのもう一方のケースは、介護の現場にも当てはまるところがあると感じます。精神的に安定していて、様々な困難を乗り越えてきたような人でも、介護に直面すると折れてしまうということは、残念ながら、よくあることだからです。

「折れそうもない人」が折れてしまうとき=別人化

周囲から「あの人は強いから大丈夫」と思われているような人が折れるときは、突然だと言います。まじめに、力強く仕事をしてきた人が折れるとき、周囲からは信じられないような行動をとることもあるようです。

そして下園氏は、折れそうもない人が折れる原因となるのは、ストレスではなくて「疲労」だと考えています。当たり前のようでいて、これはとても大切な指摘ではないかと思うのです。

折れそうもない人というのは、自分でも、自分がストレスに強いと考えています。自分なら、この辛い状況も耐えられると信じていても「疲労」は、積み上がっていきます。そうした「疲労」が一定レベルを超えると、本人の意思とは関係なく、気力や集中力が低下し、本来の力が出せなくなるそうです。

介護の状況においても、本来のその人であれば対処できるような問題も、「疲労」が蓄積されていると、それができなくなったりします。すると、トラブルが増え、いつものその人らしさが失われていきます。下園氏は、これを「別人化」と呼んでいます。その結果として、折れてしまうそうです。

肉体的な介護疲れにも十分な注意を払う必要がある

介護は、自衛隊の任務に匹敵するほどに、大変なものだと思います。こうして「大変だ」と言うとき、私たちは、つい、精神的な辛さのほうを思い描いてしまいます。しかし当然のことなのですが、介護の「大変さ」の中には、肉体的なものも大いにあるのです。

むしろ、当たり前すぎて忘れられてしまうことが怖いのかもしれません。肉体的な辛さは、下園氏が言う所の「疲労」を蓄積させ、その人に「別人化」という状態を与えてしまいます。結果として折れてしまうと、介護はますます大変なものになってしまうでしょう。

要介護者の介護をする介護者(家族)としては、下園氏の指摘を忘れずに、自分の「疲労」のレベルを意識する必要があるでしょう。それでもなお、深夜の排泄介助などをしていると、満足な睡眠も取ることが、数年という期間に渡ってできなかったりします。

介護サービスとしての短期入所(ショートステイ)などをレスパイト(一時的な休息の機会)として活用するのはもちろん、ケアマネなどに自分の状態を客観的に観察してもらうことも大切でしょう。

子育てにおいても、配偶者からの優しい言葉よりも、とにかく肉体的な休息が必要ということはよくあります。介護においてもまた、周囲にいる人が、主たる介護者(=家族などの中でも特に、時間的にもっとも長く介護に対応する人)に対して、肉体的な休息をアレンジすることが大事です。

当たり前のことだからこそ、あえて強調しておきたい

肉体と精神という二元論(本質を2つの異なるもので表現すること)は、人間が、理解のために便宜的に設定したものにすぎません。本来、人間の精神と肉体は一体のものであり、肉体的な「疲労」が、精神の崩壊につながってしまうのは、当たり前のことです。

屈強な自衛官であっても、タフなビジネスパーソンであっても、強いお母さんであっても、肉体的な「疲労」には勝てないのです。精神性が強調されることの多い介護においてもまた、あらためて、その肉体的な「疲労」に目を向けてみることが重要だと信じています。

介護の現場では、周囲からの優しい言葉に、むしろイライラすることさえあります。過去に『介護における「抱え込まないで!」という残酷。』という記事でも強調しましたが、主たる介護者が求めているのは、言葉ではなくて、実際的な助けです。

実際的な助けとは、主たる介護者の肉体的な「疲労」を解消させるような活動です。あえて言い切ってしまうなら、十分な睡眠を与えることです。場合によっては、自衛官以上に寝られないのが介護だと思います。そこへの社会的な配慮こそ、もっとも有効な介護支援となる場合もあるでしょう。

地域における支え合いというのも、精神的な部分があることはもちろんですが、肉体的なものも見過ごされてはなりません。優しい言葉に意味がないというつもりはありません。ただ、介護という「戦場」にいる主たる介護者には、肉体的な「疲労」が、ほとんど例外なく積み上がっていることを、今一度、確認しておきたいのです。

※参考文献
・dot., 『元自衛隊メンタル教官が教える 「折れてしまう」原因は、ストレスではなく◯◯だった』, 2016年2月8日

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