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なぜ、介護食は広まっていかないのか?介護食の最前線にある先入観について

高齢者にとっての「食べる」を考える(介護食に関する考察)

国内2.5兆円ともいわれる介護食の潜在市場

噛む力や飲み込む力が衰えている高齢者向けの飲食品の市場は、現在のところ、1,000億円程度にすぎません。しかし、農林水産省の食料産業局の試算によれば、この市場は、潜在的には2.5兆円という大きさを持っているのです。

それにも関わらず、食品メーカーの人と話をしていると、この試算に対して、どうにも懐疑的な意見が多いようです。少しずつ市場は大きくなってきているものの、爆発的には売れないという現実があるのですから、これは仕方のないことかもしれません。

今回は、この背景について、少しだけ考えてみます。結論からいうと、介護食の市場が思ったよりも成長しないのは、食品メーカーの側に、なかなかぬぐい去れない先入観があることが原因だということです。

ビールが美味しく感じられる理由

ビールの中心には、苦味があります。本来、苦味とは毒の存在を伝えるものであり、それを美味しいと感じるのはおかしなことなのです。実際に、苦味が好きな子供はいないでしょう。人間にとって苦味は危険を知らせる味であり、もともとは不味く感じられるものなのです。

では、私たちはどうして、ビールを美味しいと感じるのでしょう。これには諸説ありますが、有力なのは、ビールを飲んだときの雰囲気が、その味と一緒に記憶されるからだというものです。つまり、ビールの味には、仲間とワイワイ楽しく宴会をしたときの記憶がつまっているということです。

日本におけるビールの場合、大学生や社会人になって、親の管理から自由になった開放感と結びつくことがありそうです。それは、自由の味であり、支え合う仲間の存在を喜び合う味であり、なにかの達成を祝う味なのでしょう。

病院食が不味い理由

人間は、成長とともに、美味しいと感じるものが変わっていきます。その中には、その年齢の人間に必要な栄養分が含まれているものを好むという側面もあります。同時に、ビールのように、それを口にしたときの記憶と結びついて、美味しいと感じられるようになるものもあります。

ですから、生きるために必要な栄養補給という側面だけで、飲食物の味を考えると間違います。その飲食物と、どのような記憶を結びつけるのかも、非常に大事なのです。

よく、病院食は不味いと言われますね。あれは、実際に病院食の味そのものが悪いという側面もあるでしょう。同時に、病院食は、病気で辛いときに食べるものの味として記憶されることも背景として理解しておくべきなのです。

どうして介護食は美味しいと感じられないのか

介護食の評判が悪いことに対して、食品メーカーは、日々努力をしています。実は、介護食を食べてみると、味そのものは悪くないことも多いのです。それでもなお、介護食の一般への広がりは進んでいないというのが現状です。

ここには、病院食と同様に、味そのものではなく、介護のイメージとの不幸せな結合があると考える必要があります。なるほど、それを意識している食品メーカーは、商品名から介護という言葉を慎重に取り除いてはいます。しかし、名前への配慮だけでは不十分であることは、いうまでもないことです。

介護をされる経験というのは、もちろん個人差はありますが、自分の自立が奪われていくことが実感されるネガティブなものです。自立を取り戻そうと頑張っても、老いの足は速く、できないことが増えていきます。その過程で慣れ親しんだ味を、美味しいと認識するのは困難でしょう。

幸せな気持ちと結びつける具体的な方法

特に高齢者は、そもそも味覚も衰えてきているわけですから、記憶による味の補完が必要なのです。味そのものが優れていても、それがあまり感じられなくなってきているという前提を無視してしまえば、高齢者の飲食は、どうしても貧しいものになってしまいます。

だからこそ、介護食の味は、要介護者の幸せな気持ちと結びつける必要があります。具体的には、まず、その要介護者の過去を踏まえて、幸せな記憶と結びついている飲食物を特定することが求められるでしょう。

また、過去にも記事にしていますが、高齢者が若者とともに給食を食べるという「ふれあい給食」には、大きな可能性があるでしょう。

より高度なところでは、ケアプランにおける短期目標や長期目標の達成と結びつけることを考えていきたいです。たとえば、長期目標としてきた「祭りで神輿をかつぐ」といったことが達成されたとき、そこで何を飲み食いするのかは、とても大事なことになります。

食品メーカーに求められること

経営学的に言えば、食品メーカーが売っているのは、食品そのものではありません。食品メーカーが目指す「あるべき商品」とは、その食品を通した、人々の幸せな暮らしです。ここを見失うとき、食品メーカーは、栄養生産工場に成り下がってしまいます。

結局のところ「介護されるのは、不幸なことだ」「老いることは、悲しいことだ」といった先入観が、介護食の広がりにブレーキをかけているのです。確かに、そうした認識にも事実として認めないとならないところはあります。

しかし、介護される生活の中にも幸せはあります。もし、それが少ないと思うなら、食品メーカーとして、介護される生活の中に幸せを増やしていくような活動が求められるはずです。その活動と、特定の飲食物を結びつけることが、正しいマーケティングでしょう。

日本のメーカーが生き残るためには「モノではなくコトを売る」という発想が必要といわれて久しいです。食品メーカー各社においては、今こそ、これを方便とすることなく、本気で推し進める覚悟が必要だと思います。

※参考文献
・食料産業局, 『介護食品をめぐる事情について』, 2013年
・酒井 穣, 『料理のマネジメント』, 阪急コミュニケーションズ, 2011年11月21日

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