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介護施設に賠償命令が・・・法律が追いついていないのでは?

介護施設に賠償命令が・・・法律が追いついていないのでは?

認知症と徘徊

徘徊(はいかい)は、言葉としては「目的もなく、ウロウロと無意味に歩き回ること」を意味します。認知症になると徘徊をすることが多く、結果として行方不明になってしまう人が急増しています。2016年に警察に届け出られた認知症の徘徊による行方不明者は1万5,432人(うち471人が死亡)にもなるのです。

ただ、認知症に苦しむ本人からすれば、目的がなくウロウロしていることは(ほとんど)ありません。認識が正しくないにせよ、本人は、会社に行こうとしていたり、子供を迎えに行っていたり、大切な会合への出席を目指していたりと、その背景には様々な理由があります。ですから、介護業界では徘徊という言葉は好まれません。

たとえば、認知症が原因で、本来はそこにいないといけない高齢者が介護施設を抜け出してしまうことを離設(りせつ)と言います。ただ、こうした言葉にも「本人が自由に移動することを、勝手に離れると表現するのは問題」という意見もあります。

本当に難しいところですが、介護に苦しむ家族を読者とする KAIGO LAB では、徘徊という言葉を(今のところは)使うことにしています。業界用語では伝わりにくいことも多いからです。ただし、この言葉には誤解が含まれ、正しい表現とは言えないことは、同時に発信していこうと考えています。

徘徊を止める責任は誰にあるのか?

認知症の男性(当時91歳, 要介護4)が、徘徊の結果として電車にはねられて死亡してしまった事故がありました(2007年)。JR東海は、この徘徊を止められなかった妻(当時85歳, 要介護1)らの責任を問い、損害賠償の裁判を起こしました。最高裁はこれを棄却(2016年)し、家族側勝訴となっています。

2025年には、軽度認知障害(MCI)まで含めれば1,300万人になるとも言われるのが認知症です。徘徊の結果として起こる事故で、その介護をする家族の責任が問われてしまうならば、日本は本当にひどいことになります。先の最高裁による判決は、この流れを食い止める意義深いものでした。

しかし今、また、認知症による徘徊をめぐる事件で、恐ろしい裁判が進行中です。介護施設が家族から訴えられ、施設側に巨額の賠償金の支払命令が出されたのです。また地裁の判決ですから、最高裁まで争われることになるとは思いますが、成り行きを見守る必要があります。以下、zakzakの記事(2017年9月5日)より、一部引用します。

(前略)介護業界では「施設を抜け出すこと」を意味する「離設」という言葉がある。介護施設情報誌「あいらいふ」編集長の佐藤恒伯氏は「中規模程度の施設なら月に1回は離設の事案がある」という。プロの職員が目を配っていても、行方不明者は出るのだ。

2016年9月、介護業界関係者に衝撃が走った。デイサービス施設の非常口から抜け出した76歳の女性が、3日後に施設から1.5km離れた畑で凍死した状態で発見された。遺族が施設の責任を問うた訴訟で福岡地裁は「施設職員は女性に徘徊癖があることを認識しており、見守る義務があった」として施設側に2870万円の支払いを命じた。(後略)

もし施設側が最高裁でも負けてしまったら・・・

このまま、もし、施設側が最高裁でも負けてしまったら、いったいどのようなことが起こるでしょう。(1)認知症の人の拘束が増える(2)認知症の人を介護施設が入居させなくなる(3)認知症の人に誰も関わらなくなる、という3つが予想されます。以下、それぞれ考えてみます。

1. 認知症の人の拘束が増える

認知症の人を入居させている介護施設では、徘徊からの行方不明(離設)への対応を強化しなければならなくなります。確かに、対応の強化は必要です。しかし、極端な人手不足と赤字経営に苦しむ介護業界では、見守りのために人員を増やすことは不可能です。見守りのための技術を導入するにしても、お金がかかります。すると、答えは一つしかありません。それは、認知症の人はできるだけ拘束し、施設への施錠を強化するというものです。自由を極端に制限すれば、訴えられて、巨額の賠償金を支払うリスクが減らせるからです。これは時代に逆行することですが、介護業界の厳しい状態からすれば、本当に他に手がありません。

2. 認知症の人を介護施設が入居させなくなる

拘束をすると(1)関節の稼働や筋力の低下(2)食欲の低下(3)心肺機能の低下(4)感染症への抵抗力が低下(5)認知症の悪化といった悪影響が出ることが指摘されています。こうした悪影響が出ると知っていても、そこに巨額の賠償金を支払うリスクがあれば、介護施設としては拘束を続けるしかなくなります。すると今度は、不適切な拘束による悪影響が問題視され、そこで裁判が進むことにもなるでしょう。そうなってしまえば、そもそも、認知症の人を入居させているだけで、経営として成立しなくなります。結果として、そもそも認知症になると介護施設には入居できなくなりますし、現在入居している人も退去させられることになります。

3. 認知症の人に誰も関わらなくなる

介護施設にいられなくなれば、認知症の人の介護に関わるのは、在宅介護の事業者と家族ということになります。しかし、在宅介護の事業者も、自分が関わっているときに徘徊が起こってしまえば、見守りの義務を問われる裁判に巻き込まれます。家族でさえ訴えられる可能性があるのですから、介護のプロとして認識されている介護事業者であれば、なおさら訴えられやすいでしょう。そうなると、在宅介護を専門とする介護事業者もまた、介護施設と同じように、認知症の人の相手をしていたら、とても経営にならなくなります。結果として、認知症の人の周囲には、誰もいられなくなってしまうわけです。

法律が追いついていないのでは?

よく、ITの世界では「革命的に変化する状況に法律が追いついていない」と言われます。実際にIT業界では、様々なサービスが法律的にはグレーの状態で打ち立てられ、トラブルになって、後から法律ができるということが繰り返されてきました。

これと同じことが、介護の周辺でも起こっているように感じます。人類史というスケールで見ても、過去に、これほどの規模で、介護が社会問題になったことはありません。ですから、そもそも必要になる法律がどんなものなのかさえ、イメージができない状況が続いています。

悪意のない介護において、ちょっとした見守りのミスでさえ許されないのであれば、そうした見守りを整備するだけの財源を国が確保すべきでしょう。しかしもはや財源がないのですから、方向性としては、見守りが失敗することを前提として、善意で介護をする人を守る方向での法整備をしていくしかないはずです。

認知症に苦しむ人の多くは、体力的には全く問題ない状態だったりもします。子供の見守りならばまだしも、走ることさえ可能な大人を見守るとなると、もはやプライバシー無視の監視としか言えないものが必要になってきます。そして今、法律が、この悲惨な方向性を後押ししてしまってはいないでしょうか。

数年のうちに、徘徊が原因での死亡は年間500件を超えてきます。財源もないのですから、判例が整うをの待っていることはできません。法整備に向けて、関係各所で、早急なる議論が必要です。さもないと、本来はトラブルを解消するためのものであるはずの法律が、トラブルの原因になってしまいます。

※参考文献
・sakzak, 『介護業界に衝撃 施設から抜け出し凍死、賠償2870万円』, 2017年9月5日

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