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「合成の誤謬(fallacy of composition)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。そもそも「誤謬(ごびゅう)」という言葉は、普通に暮らしていたら、まず見かけない言葉ですので知らなくても当然です。
「合成の誤謬」とは、もともとは経済学の用語で「ミクロ(個別)には正しい活動も、マクロ(全体)に見たときは思わぬ結果を生むことがある」という意味で使われます。ビジネスの世界では、現場が一生懸命にやるべきことをやっていても、会社全体としては成果が出ないときなどに参照されます。
たとえば、日本における先行き不安が長引く中、個人(企業)が自己防衛として、支出を減らすのは合理的です。しかし、こうした活動の結果として日本の景気が悪化し、日本の先行きがさらに不安なものになっていくというのは「合成の誤謬」でしょう。
最近、日本を代表するような大企業に元気がありません。こうした企業に勤務する人々は、個別には非常に優秀ですし、一生懸命仕事をしています。それでもなお、業績が好転していかない背景にも「合成の誤謬」があるのです。以下、介護の文脈で、もう少し詳しく考えてみます。
介護業界にも「合成の誤謬」は存在しています。しかし、財政難にあり、2025年に向けて、さらに高齢化が進む日本には「合成の誤謬」を放置しておける余裕はありません。以下、3つほどそうした例を挙げてみます。
介護サービスを上手に使えており、現在の介護の負担がうまく分散されている介護者(家族)もいます。これは、日本の介護保険制度の成果であり、現場を担当する介護のプロたちの力と言えます。
「介護のプロに任せておけば安心」というのは、個別には、介護業界にとっては嬉しいことです。しかし、そうして介護の現場がうまく回れば回るほどに「合成の誤謬」が発生していきます。今の介護に安心している介護者(家族)は、介護業界の問題に関心を失うからです。
介護のプロが、現場で頑張れば頑張るほどに・・・介護者(家族)に理解してもらいたい介護業界の問題が伝わっていかないのです。しかし、介護業界では、現場にいる介護のプロにムリが押し付けられている状態にあるのです。
このままの状態が続けば、確実に介護業界は立ち行かなくなってしまいます。すると、介護者(家族)が享受している安定した状態も、崩れてしまうのです。いつまでも、同じ状態が続くわけではないという点については、伝わっていかないとなりません。
介護職の待遇改善が必要であることは、多くの識者が指摘しており、介護業界の未来にとって、本当に重要なことです。介護職の待遇改善が問題視されると、個別には「お金のためにやっているわけではない」「それでも、やりがいも大きい」といった反論もあります。
こうした意見があるのは、現在、介護職にある人々が善人であり、介護職を「聖職」だと考えている人が多いからでしょう。しかし、こうした個別の意見を重視すればするほどに、介護職の待遇改善にブレーキがかかるという「合成の誤謬」が発生してしまいます。
介護のプロたちの善意は、個別には、非常に重要なものです。しかし、それによって「善人がムリをしないと成立しない現場」ができてしまいます。実際に、現在の介護現場で頑張れている介護のプロたちは、驚異的なパフォーマンスで働いています。
しかし、2025年までには、介護職を、今よりも80万人ほど増やさないとなりません。あと10年もない期間で、善人であり、驚異的なパフォーマンスで働ける人を80万人も追加することはできません。
介護職を、個別に、精神論でもって鼓舞することも重要かもしれません。しかし、それでは介護業界には人が入ってきません。どうしても、待遇の改善が必要なのです。
「至れり尽くせり」の介護サービスを提供すると、要介護者は、本来は自分でできることであっても、それを介護サービスに頼るようになります。このときに、自立心が失われ、依存的になり、結果として身体が弱ってしまうのです。
介護とは、要介護者の自立を即すための活動であるべきです(理想論ですが)。しかし、支援量が増えれば、結果として自立が失われるのは、マクロには当たり前のことです。なんの支援もない世界のほうが、自分でなんとかしようとするからです。
こうした考え方は、介護業界ではとても有名です。東日本大震災の被災地では、ボランティアによる「至れり尽くせり」が行き過ぎた結果として、生活不活発病が蔓延し、要介護者が増えてしまったという悲しい事例もあります(ボランティアがいけないということではないので注意してください)。
個別には、善意からの活動であり、要介護者からも感謝されることは多くあります。しかし、そこに「合成の誤謬」が発生し、思わぬ結果につながってしまうことも多いのです。
このように、個別には合理的なことが、全体としては非合理的な結果を生んでしまうという事例は、非常に多いのです。だからこそ、現場を大切にしながらも、同時に、大きな視点からマクロに物事を考えられる人材の育成が求められているのです。
世の中の仕事は(1)なんらかの問題をターゲットとして(2)その問題を解決する方法を生み出し(3)その解決策を実際に運用する、という3つのレイヤーによって構成されています。
ここで、現場とは(3)のことを指している言葉です。現場で真面目に仕事をしていると、解決策の運用に強くなり、改善を繰り返し、より上手にその解決策を運用できるようになっていきます。
いかなる仕事であっても現場がもっとも重要です。ここが動かないと、すべての解決策は意味をもたないからです。だからということで、人材を長いこと「現場」に貼り付けておくと(1)に求められる「解決すべき問題を見つけ出すスキル」や(2)に求められる「成功事例の研究から自分の仕事を変化させていくスキル」が育ちません。これも、まさに人材育成における「合成の誤謬」です。
「合成の誤謬」を乗り越えるためには、いかに優れた人材であっても、少しずつ現場から卒業させていく必要があります。その上で、少しでも多くの人材に(1)や(2)の経験ができる「マネジメントの仕事」をやらせていかないとならないのです。
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