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介護職にある若者のキャリア不安について(若手が辞めていく理由)

介護職にある若者のキャリア不安について

私たちの社会には介護職が必要である

日本は、超高齢化社会に突入しており、2013年の時点で3,186万人、全人口の25.0%(4人に1人)が高齢者(65歳以上)となっています。2035年には、この数字はさらに厳しくなって、全人口の33.4%(3人に1人)が高齢者になります。

これだけの人口を、コストのかかる介護施設に入居させることはできません。そうなると、今後はより多くの人が在宅介護される時代になっていきます。そこで、大活躍することになるのが介護職(特に訪問介護を行う介護職)でしょう。

介護職の必要性は、徐々にではありますが、一般の認知を得てきていると思われます。介護職か全然足りていないこと、その原因は、不当に悪い待遇、人間関係のストレス、慢性的な人手不足からくる重労働といったことも、少しずつ認識されてきています。

こうした中、少なくとももう1つ、広く理解を得たい介護職にある人(特に若者)の不安があります。それは、キャリアを登っている感じのない、ローカルな世界に閉じ込められている印象の強い日常の中にある不安です。

ある2人の若者の1日を並べてみる

以下の事例は、フィクションです(比較しやすいように、2つの事例を横に並べているので、スマホでは読みにくいかもしれません。その場合は、スマホを横にして、スクロールさせてください)。

さて。Aくんは、訪問介護の事業者で働く介護職です。Bくんは、中堅専門商社に勤務する会社員です。それぞれ、大学を卒業し、社会人として3年目だとします。ちょうど、自分の仕事にも慣れてきて、社会が見渡せるようになってくる時期です。

同時に、3年目といえば、多くの若者が転職を考える時期でもあります。社会が見えてきて、大学生だったころの自分の考えの甘さにも気づきます。将来への不安や希望を持ちながら、自分の人生の方向性を、今一度見つめ直すにはちょうどよい頃合いです。

訪問介護の介護職Aくん(25歳)
中堅専門商社の社員Bくん(25歳)
朝、怪しい雲行きを気にしながら、ママチャリで、いつもの道を利用者(要介護者)の自宅に向かう。カッパを忘れて出てきてしまった。今日は、午前中だけで連続3件の訪問先がある。ずぶ濡れで訪問するわけにも行かず、どこかで事務所に戻ることを考えている。雨、降るなよー。 朝、満員電車に揺られながら、スマホでニュースを見ている。マイナス金利の影響が、為替にどう影響するのかについての経済誌の記事を読む。今朝の朝礼で話すネタだ。電車を降りて、いつもの地下街を歩いて行くと、偶然、大学時代に同じサークルにいた友達に出会う。今度飲む約束をして、先を急ぐ。
2件目の訪問先は、独居の利用者のところ。インターホンを鳴らしても、反応がない。最悪のケースを考えながら、郵便受けから中を覗いてみるが人の気配がない。心臓をバクバクさせながら、お隣に聞いてみたところ、朝方出ていったとのこと。そこにちょうど、利用者が戻ってきた。リハビリも兼ねて、散歩をすることにしたが、思ったより時間がかかってしまったとのこと。ひとまず安心。 午前中のうちに、台湾向け商品と韓国向け商品の通関業務を2つこなす。後輩が、小さなトラブルで困っていたので、助けてやる。通関業務には、だいぶ慣れてきた。台湾のほうの事務所が、いまだにFAXを使うのにはイライラするので、業務改善提案書を書き終わった。課長にそれを持っていくと「コスト計算が甘い」と言われたので、悔しくなり、デスクでコストの再計算。たしかに間違いがあった。
午前中の3件の訪問を終え、いったん事務所に戻る。雨には降られなかった。よかった。利用者の自宅で、まんじゅうだの、クッキーだのをもらったので、今日も昼食は入りそうにない(本当はもらってはいけないことになっているが、利用者がどうしてもというので断れない)。フォーマットに従い、3件の訪問先に関する報告書を作成する。 社内のフットサル・サークルの先輩とランチ。先輩の部署は、社内でも注目されているITの新事業を推進しているところ。自分も、最近はITの勉強もしているので、いろいろと刺激的なランチになった。先輩は、去年から働きながら夜間と週末を利用してビジネス・スクールに通っているという。自分も、数年後には、先輩を真似て行ってみたいと感じた。
午後も3件の訪問先がある。今度こそ、雨が降りそうなので、ママチャリのカゴにカッパを入れて事務所を出る。午後の1件目の利用者は、とても気難しい人なのだが、この2年の訪問で、自分のことだけは受け入れてくれるようになった。今では楽しみな訪問先。最近は、この利用者の身体が少し弱ってきているので心配。歩行速度が明らかに遅くなっている点が気になる。この利用者の家族は、介護にほとんど関わってくれないのだが、今度、ケアマネにも状況を伝えて、家族にも少し関わってもらうことを提案しようと思う。 午後は、自分の取り扱っている工業用機械のマーケティング会議がある。そのために、競合調査をしていたところ、ちょうど、競合が新商品を出してくることがわかった。マーケティング会議まで、あと1時間しかないが、その新商品に関する情報を、資料に反映させたい。しかし、入手した競合の情報は、英語の資料だ。この2年で、英語の文章もギリギリ読めるようになってきたので、なんとか間に合うだろう。部署のアシスタントに、今の資料のプリントアウトを一旦止めてもらって、資料の最終調整に向けてラストスパート。
午後の2件目に向かう途中で、ついに雨が降ってきた。カッパを装着するが、どうしても身体の一部が濡れる。それでも靴は、しっかりとカバーしている。昔、靴を濡らしてしまい、利用者の自宅に上がるときに苦労した思い出があるからだ。靴の中さえ濡れていなければ、なんとかなる。2件目の利用者のところに、偶然、ケアマネがきていた。先の1件目の利用者の話をしたところ「あの人、家族にもあまり心を開かないみたいなので、君しかいないのよ」と言われる。嬉しいことだが、それでは利用者のためにならない。なんとかしないと。家族に連絡をとる方法をケアマネに相談したところ、まずは主治医に聞いてみてはどうかと言われる。 マーケティング会議には、部長も出席していた。その場で、資料を褒められて、とても嬉しい気持ちになる。課長からも褒められ「こんばん、少し時間あるか?」と飲みのお誘い。本当は、社外のITの勉強会に出席する予定だったが、これは良い話と感じ、ITの勉強会のほうは、ごめんなさいと思いながらドタキャン。課長との約束の時間まで、あと2時間。明日は、通関業務はないので、予算会議向けの数値分析に手をつける。すると、今季は予算が行き過ぎる可能性が見えてきた。良いことなのだが、場合によっては来季に売り上げをずらしたほうがよい可能性も見えてきた。この後の飲みの席で、軽く、課長に報告することにしよう。
この日最後の訪問先では、利用者の気分がかなり落ち込んでいて、一緒にいてあげることが大事と思い、規定の時間をオーバーしていたが、長居になった。帰り際に「寂しい」と言われ、後ろ髪をひかれるが「明日も来るから!夜、電話くれてもいいから!」と言って、その場を後にする。以前、同じような利用者に対して、同じような対応をしていたら、利用者のうつがひどくなってしまったことを思い出す。それでも、これ以上の滞在は、利用者の依存心を高めてしまうと思う。幸い、帰りは雨が止んでいた。ママチャリで事務所に戻り、帰り際にコンビニで安売りになっている弁当とビールを買って自宅へ。洗濯物が溜まっている部屋で、明日の訪問計画をみながらの夕食。 課長の話は、まず、最近の自分の働きに関するポジティブな評価についてだった。素直に、嬉しい。その上で「少し早いとは思うが、台湾に駐在してみる気はないか?」という話をもらった。課長も、自分くらいの年齢で、韓国に駐在したのだという。ただ、駐在の期間がどれくらいになるのかが見えないのと、自分の語学力が心配。とはいえ、通関業務ばかりしていてもつまらないし、最近は後輩も頼りになるようになってきたので、やはり、ここは受けるべきと考え、駐在を決意。友達と遊ぶ機会も減ってしまうだろうが、台湾における業務の全てを取り仕切れるくらいになれるよう、頑張りたい。台湾から帰国したら、ビジネス・スクールに入れるくらいまで、キャリアを進めておきたい。

この2人は、高校時代からの親友だったりする

このAくんと、Bくんは、高校時代からの親友だったとします。Bくんは、台湾への赴任の報告も兼ねて、Aくんに連絡をし、飲みに行くでしょう。そこで、Aくんは、自分のキャリアと、Bくんのキャリアを比較(社会的比較)することになります。

確かに、Aくんも、成長しています。しかし、働く環境には変化がありません。新しい出会いも少ないです。そこで、Bくんが、いつのまにか、英語を読むくらいのことができるようになっていることに焦ります。先輩がビジネス・スクールに行っていて、Bくんもいずれはそうしたところに行くという話には、刺激も受けます。

Bくんは、台湾では輸入をやるので、貿易実務について輸出・輸入のどちらも理解することになります。英語はさらに上達し、中国語も覚えるでしょう。さらに、工業用機械業界の知識はもちろん、マーケティング分析の方法や企画についても学びつつ、台湾では係長として数名の現地社員の面倒もみます。

駐在中は、手当なども出るので、Bくんの待遇は、Aくんの2倍を軽く超えてしまいます。このまま、あと5年して30歳になれば、Bくんは台湾で課長になれる可能性もあります。そのときのBくんは、転職エージェントからみて、だいたい年収500〜600万円程度の実力です。

では、Aくんは?あと5年、訪問介護を続ければ、もちろん成長もしますし、後輩の指導もできるようになるでしょう。しかし年収は、おそらく300〜350万円くらいです(介護職の待遇は、経験や能力による上昇が少ないため)。駐在の手当がなくなっても、AくんとBくんには、2倍近い収入格差が出来てしまいます。

たしかに「仕事のやりがい」は、収入だけで決まるものではありません。しかし、結婚や出産、自動車や自宅の購入といった将来にも悩む若手にとっては、成長しても収入が上がっていかないという事実は、とても重いものです。

この2人は、高校時代には、ただ、無邪気に笑いあえる友達だったかもしれません。能力的な差など、ほとんどないでしょう。ただ、その後の社会人経験が与えてくれる「キャリアを進めていけるチャンス」に違いがあるだけです。

こうした議論で注意したいこと(ミクロとマクロの話)

当たり前ですが、AくんとBくんが実在した場合、この2人の未来がどうなるかは、これだけではなんとも言えません。若手とはいえない年齢になっていれば明らかなとおり、Aくんのような人材が後に大成したり、Bくんのような人材が、会社の都合でリストラにあったりもします。

ただ、こうした議論において、物事をミクロにみると間違います。実際のAくんとBくんがどうなるかは、個別の事例であり、ミクロな話です。大事なのは、業界をマクロに見た場合、介護業界と他の業界において、キャリアのチャンスという意味で、どのような差があるのかを考えることです。

特に、若手の目線で見た場合、その業界には、どれだけキャリアアップの機会があるように見えるかという「印象論」も大切です。実際にチャンスがあることと、そのように見えているかどうかは違う話だからです。

先にも述べたとおり、介護職は、これからの日本社会にとって、ますます重要な存在になっていきます。この前提に立ったとき、今の介護業界にいる若手は、将来の介護業界を背負って立つ人材です。マクロにみたとき、彼ら・彼女らに、十分なキャリアアップの機会が与えられる必要があります。

ミクロには、そんな機会などなくても、勝手に育つ人材もいるでしょう。しかし、そうした例外の出現に頼っていては、業界としては発展は望めません。そして、介護業界はあと10年程度で、過去に類をみない、最も大きな危機(2025年問題)に直面するのです。

介護業界に必要な、もう1つの視点

ここまで、AくんとBくんのフィクションで考えてきたとおり、介護業界の仕事には、キャリアを登っている感じのない、ローカルな世界に閉じ込められている印象があります。特に若者にとっては、刺激も少ないです(学べることがないという意味ではありません)。これは、結婚や出産を機に専業主婦になった元キャリアウーマンや、NPOの職員に似た悩みです。

介護職であっても、専業主婦であっても、NPOの職員であっても、それらの仕事には大きな意義があります。しかし意義だけでは、長期的に頑張っていけない若手も多くいるというのが実感です。昨日の自分よりも、明日の自分のほうが、社会的には上の階段にいるという実感がないと、社会に「置いていかれている」と感じてしまっても仕方がありません。

介護業界には、その業界にいる若手に対して、他の業界に負けないくらいの「成長のチャンス」を与える義務があるでしょう。これは、ありがちですが、資格を準備するということではありません。そうではなくて、業界に若手に対して、長期的には、ビジネスとマネジメントを学んで行けるという実感を持たせられるかということです。

もちろん、ビジネスやマネジメントだけが重要などと言うつもりはありません。しかし、現代の先進国における社会は、資本主義で動いています。資本主義の原理を知らないままでいる限り、社会の中心からは離れていってしまいます。そこに焦りのない若手は、あまりいないとすら思います。

KAIGO LAB(株式会社BOLBOP)は、この3月から、介護業界の若手人材に対して、ビジネスとマネジメントの研修を無料で行うという実験をはじめます。その背景には、この記事で示したような問題意識があります。研修だけでキャリアが進むとは考えていませんが、それでも実験の結果がよかったら、研修の範囲を広げていくつもりです。

KAIGOLABの最新情報をお届けします。

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