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「注文をまちがえる料理店」 厚労省に臨時オープン

注文をまちがえる料理店

3月4日、雨が降り冬の寒さが残る東京、霞が関。日本の省庁が立ち並び中心地と言えるこの地に厚生労働省の前に立ちながら「介護や認知症という常に影を帯びているイメージを持たれる私たちは、本当にこの場に歓迎されているんだろうか」と天気に象徴された気分になる。

実はこの日、厚生労働省内26階の中華料理屋で、認知症と診断を受けた方がウェイターのレストランが開店していた。その名も「注文をまちがえる料理店」だ。私は、その運営スタッフとして現場にいた。

この「注文をまちがえる料理店」というのは、ウエイターが認知症と診断された方という、注文をまちがえてしまうかもしれないけど「こっちもおいしそうだし、ま、いっか」と言えるようなおおらかな気分が日本中に広まってほしい、そんな願いが込められたレストランである。

すでに一昨年大変な話題を呼び、日本中が注目している取り組みだ。それが今回、介護保険の諸々を担う厚生労働省で行われたのだ。それも、お客さんに根本匠大臣や小泉進次郎厚労部会長も迎えての開催だった。

普段じめじめしたイメージがつきまとう認知症の高齢者が、日の目を見る機会である。明るい物語の主人公が認知症高齢者だなんて、いったい誰が想像できるだろう。そんな場面を支える介護職員にも、緊張が走る。

お世話されることと人の役に立つこと

暗いイメージを思わせることをここでもすでに書いているが、世間一般の介護のイメージと実際の介護現場はどれだけ印象がかけ離れているのか。これはいろんな意見が生まれそうな命題であるが、実はそんなにかけ離れていないというのも現実の1つである。

人手が足りない介護現場で、機械的にならざるを得ないお風呂やトイレの介助。腰痛を患いながら、小柄な女性が大柄の男性を介護したりもする。毎日がバタバタと過ぎていき、高齢者は「幸せか・不幸か」ではなく「生かされているか・そうでないか」という軸で観察されているのが私の現場感覚だ。

つまり、認知症を患う高齢者の多くは、介護職員や家族等なんらかの支援を受けて生活をしている。お気付きだろうか、この「注文をまちがえる料理店」では普段の生活の真逆のことが起きているのだ。

誰かの役に立つことに対して「認知症に苦しんでいる人だから」と周りも本人でさえも諦めていないだろうか。前置きが長くなったが、そんな希望あふれるレストランが、厚生労働省にて、大臣の目の前で繰り広げられたのだ。

91歳の認知症ウェイター誕生!陽気な笑いあふれる料理店

18時15分、7名のウェイターが並び、元気に「いらっしゃいませ!」と声をそろえた。年齢は59歳から91歳までのウェイターだ。始まる前には「腰が痛い」とこぼしていたおばあちゃんも、ここでシャキッと気合いが入る。

「注文はいかがしましょうか?」
「さっき、注文しました!」
「じゃあ、あとは注文だけですね!!」

オープン前の緊張から一転、開店するとすぐに場は笑いで和んだ。注文をまちがえちゃったっていいじゃない、そんな料理店。認知症である以前に、そもそも人は人である以上「まちがえる」ことがある。いや「まちがえる」ことばかりでもある。

注文をまちがえる料理店

「まちがいは受け入れてしまえば、まちがいじゃなくなる。おおらかに受け入れて、認知症と言われようがそうじゃなかろうが一緒に活躍する。そんな社会を作りたい」繰り返しになるが、このお店にはそんな思いが込められている。

お水を乗せたトレーを持つしわが刻まれた手、お客さんと接した時の不安の残る表情、お客さんからの温かい言葉に「良かった、おいしいって!」と安心の笑顔…そこにはすっかり「働く人」の顔があった。

レストランで肩もみサービス!

今日のこのレストランでの食事を楽しみにしていたという根本大臣の挨拶を機に、いよいよ場は盛り上がりを見せる。赤髪の笑顔がチャーミングなおばあちゃんが「いつもご苦労様です。」と言いながら小泉進次郎氏の肩をもみ始めた。

注文をまちがえる料理店

「あれ、肩もみまでオーダーしたんだっけな?」と、思わず笑顔。それに乗じて、隣では根本大臣が肩から頭までマッサージを受けている。これに留まらず、次にウェイターのほうを大臣がマッサージするなんてことまで起こる。

そんな自由な発想、人との距離のつめ方、この人たち以外に誰が出来るだろう。なにが起こるかわからない、なにが起こっても「てへぺろ」で大丈夫、まさにそのコンセプトを具現したレストランであった。

もちろん、ただどこまでもポジティブなことばかりではない。そもそも、認知症に苦しむ人が、こうして働いていることを「普通ではないこと」として観察すること自体に差別的な視点があり、それはどうしても超えていかなければならないと思う。

お給料が出た!誰もが活躍できる社会の第一歩として

今回、注文をまちがえる料理店とウェイターとで雇用契約書を結んでいる。1時間という、濃くてあっという間な時間であったわけだが、働いた時間分お給料が支払われた。サラリーマンであろうが、障害があろうが、認知症と診断されようが、誰もが活躍できる社会とは確かに理想である。

認知症の人は仕事が出来ない、それはある面で言えばそうかもしれない。起こったことが次々と記憶からこぼれ落ち、確認したり、1人で仕事を進めたりことは出来なくなるかもしれない。ただし、そこにないのは工夫である、ということに気づかされた時間であった。

発起人の小国氏が「認知症の方との出会い方をデザインする」と言うように、出会いが生まれてそこで生まれる予想外を楽しむ、そんな社会が日本中広まったら、色々と暗いことが多いこの社会にも、ほんの少しだけ、明るい希望も持てるかもしれない。

注文をまちがえる料理店

正しく認知症を理解することは、介護の専門職でも難しいものだ。であれば、普段、要介護者と直接的に接することのない一般の人であればなおさらだろう。しかし、わからないままでも、お互いに歩み寄ることは出来る。そこに「誰もが活躍できる社会」を実現するための一歩を感じた。

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