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ある富裕層の介護(実話)は例外か?

ある富裕層の介護(実話)は、例外的な話ではない

ある富裕層に介護が必要になった

実話なのですが、プライバシーに配慮して、一部事実とは異なるフェイクを入れて、以下、記事とします。まず、今回の事例に出てくる富裕層は、極端な富裕層ではありません。現役時代に大手企業の役員を勤め、退職金も十分にもらったという人です。富裕層ですが、資産は数億円というレベルで、自家用ジェットが買えたりはしません。

さて、この富裕層の男性に、介護が必要になりました。普通に要介護申請をして、ケアマネージャーもつきました。よくあるように、気にいる介護サービスもあれば、一度だけ使ってみて気に入らないと切られる介護サービスもあったそうです。しばらくして、男性の奥様は、ケアマネージャーに次のように語りました。

うちは、介護サービスを使うと、今年から自己負担が3割になるじゃないですか。だったら、全額自己負担でもいいから、夫のために、本当にレベルの高い介護サービスを使いたいです。特に、担当者が変わるのがストレスで、ずっと同じ人に担当してもらいたいです。

この依頼を受けて、ケアマネージャーは、あるベテランの介護職に話をもちかけました。そのベテランの介護職は、小さな訪問介護ステーションを経営していました。そしてその介護職は、利用者からも地元の介護職からも、非常に評判のよい、本当に熟練の人材だったのです。

その後、介護職の年収は30%上がった

そのベテランの介護職は、自分の作った小さな訪問介護ステーションで働いてくれている人材に対して、十分な給与が出せていないことを悩んでいました。介護業界は、規模を効かせないと儲からない構造になっており、カツカツの状態でした。

しかし、いかに自分が頑張っても、介護保険の枠内では、売上は高まらないのです。日本の介護保険制度は、スキルを上げれば、売上が高まる構造に(ほぼ)なっていないからです。もし、自宅を事業所にしていなければ、完全に赤字という経営でした。

そうした背景から、なんとか経営を改善しようと、この熟練の介護職は、この富裕層の介護をすることにしました。全額自己負担の介護サービスも問題なく導入できるので、利用者の要望に合わせて、自分の行いたい介護が全てやれるという環境も気に入ったようです。

富裕層とはいえ、無駄なお金は使いたくありません。実際には、介護保険制度の枠内で処理できることは、保険を適用させていたようです。同時に、介護保険制度の枠内にはおさまらないことは、時間単価に合意して、毎月の請求を行っていました。結果として、この訪問介護ステーションで働く介護職の年収は30%改善できたそうです。

もちろん、これは数の限られた事例であって、小さな事業所だからこその年収の改善幅でもあります。しかし、この事例に限って言えば、日本の介護保険制度は、ベテランの介護職を、本来の市場価値よりもだいぶ安く使っているということを示す小さな証拠でもあります。そして、こうした介護職は、探せば多数いると予想されます。

お金のために介護をしているのではないとはいえ・・・

この話があったとき、はじめは、ベテランの介護職は、この話を拒否したそうです。こうした話に乗ってしまえば、お金のあるなしで利用者を選ぶことになってしまい、介護保険制度の理念に反すると考えたからでした。それはそれで、立派なことです。

同時に、この介護職は、少ないながらも職員を雇用している経営者でもあります。職員の中には、子育て中でもっとお金が必要だったり、それこそ親の介護をしていてお金がいつも足りなかったりする人もいました。経営者としては、職員の生活に責任を持つ立場から、どうしてもお金も必要だったのです。

いかに強い理念をもった介護職とはいえ、人間です。大学に行きたいという子供を大学に行かせたいと思ったり、親の介護のために必要なお金を出したいと思ったりすることもあります。そうした状況で、介護職としての理念を守れば、職員の幸福に責任がある経営者としての理念は守れません。

ベテランの介護職は、職員の「本当は、もう一人、子供がほしい」という言葉を聞いて、富裕層の介護話を受けることに決めました。はじめは、保険外サービスの売上は、全て、職員の給与に回していたそうです。しかし今は、自分の専門性が正当に評価される環境が気に入り、プロとして、きちんと自分の給与も上げることができました。

この事例は本当に例外的なものだろうか?

日本には約1万2,000社の大企業(資本金が3億円を超える会社)があります。そのうち、一部上場企業は約2,000社です。少し古いデータですが、主要な企業の取締役の数は13〜14名程度(大杉, 2016年)となっています。そうなると、今回の事例にあるような富裕層は、現役だけで約16万人もいるわけです。

この数字は、あくまでも現役だけのものです。取締役には在任期間があり、引退している人も含めれば、楽に50万人規模の人が、今回の事例に当てはまる可能性があります。そもそも、日本には少なくとも富裕層が約122万世帯あって、その多くが高齢者世帯であることもわかっています(野村総合研究所, 2016年)。

介護職は、極端な人材不足になっています。特に東京都と愛知県では、介護職の有効求人倍率は5倍を超えています。そうした状況では、介護職は、職場を選べる立場にあるわけです。かたや、優れた介護サービスには、保険外であってもお金を払いたいと考える富裕層がいます。ここにマッチングが発生することは容易に想像できます。

不当に安い給与で働かせてしまえば、普通の高齢者は、普通の介護さえ受けられなくなるということです。東京都と愛知県では、この傾向がどんどん強まっていくことでしょう。いざ介護が必要になったとしても、今のままでは、介護保険の枠内だけで介護サービスを提供してくれる介護事業者はいなくなってしまうのです。

富裕層は全額自己負担のヘルスケアサービスに慣れている

介護サービスの自己負担は、この富裕層のように年金や金融資産からの所得が十分にある場合、3割となります(2018年8月より)。今後はおそらく、さらに自己負担の割合が増やされていくことでしょう。そうなった場合、先の富裕層のように、全額自己負担でも、よりよい介護サービスを受けたいと考える人は必ず増えます。

実は、医療の世界では、すでに全額自己負担の利用者は多数います。先進医療と呼ばれるものがそれで、厚生労働省が、それを公的な医療保険の対象とするべきかを、まだ評価している段階の医療が、この対象になります。

評価するというのは(ほぼ)建前です。現実には、先進医療を医療保険の枠内にしてしまうと、大きな公費がかかってしまうため、枠内にできないという国の懐事情があります。富裕層は、こうした先進医療を使い慣れています。これと同じことを、介護にも望み始めているわけです。

医療の世界には、すでに貧富の格差が明確に存在しています。これが介護の世界にも広がることは確実です。そしてその広がり方は、介護職の待遇が改善されないままでは、異常なほど急速に進む可能性を秘めているわけです。日本全体が、介護職の待遇を、真剣に考えないとならない局面に来ています。

※参考文献
・大杉 謙一, 『日本企業の取締役会の変遷と課題』, 経済産業省CGS研究会, 2016年7月19日
・野村総合研究所, 『日本の富裕層は122万世帯、純金融資産総額は272兆円』, 2016年11月28日

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