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授業の合間にケアマネに電話・・・ヤングケアラー問題をどうするのか?

授業の合間にケアマネに電話・・・ヤングケアラー問題をどうするのか?

祖父母の介護をする子供も多数いる

祖父母の介護を担う、10代の子供も多数います。問題は、実際にどれだけいるのかという現状把握さえ、満足に進んでいないことです。信頼できるデータとしては、濱島淑恵准教授(大阪歯科大学)が行った大阪府での調査結果で、これによれば、約5.2%(20人に1人以上)の高校生が、学業と介護の両立に苦しんでいます。

この調査は高校生を対象としたものでしたが、小学生も介護をしているという話があります。ドイツなど、国によっては、家庭内の介護も労働と認められ、賃金が支払われるところもあります。日本では、家庭内での介護が労働として認められないばかりか、それが同時に、児童労働の存在を見えなくもさせているのです。

どこの国でも、未来を担う子供たちの教育こそ、最重要の課題です。特に少子化が進む日本では、子供たちの存在こそ、最後の希望です。そうした子供たちが、未来への投資である学業ではなく、労働力として介護に従事させられているのは、亡国の所業と言っても言い過ぎではありません。

ヤングケアラーの実例が取り上げられた

高校生の約5.2%と言っても、そのイメージがつかめないかもしれません。そうした中、yomiDr.が、ある高校生の実例を記事にしています。以下、yomiDr.の記事(2018年3月23日)より、一部引用します(段落位置のみKAIGO LABにて修正)。

高校1年の頃、同居していた祖父のがんが再々発。高校3年の時、今度は、祖母が認知症になり、不可解な言動や徘徊を繰り返すようになった。祖父母の世話を引き受けたのは、A子さんだった。父親は海外に単身赴任中で、母親は、精神的に不安定。妹はまだ幼かった。

介護保険も活用したが、学校との両立は、大変だった。ケアマネジャーの電話には学校の休み時間に対応し、病院には授業を休んで付き添った。食事や弁当も準備した。部活の練習は休みがちになり、2年の時にやめた。祖父の持病が悪化するなどして、救急搬送に同行したことも一度や二度ではない。睡眠不足にもなった。(後略)

担任の「自分の将来を優先して」という言葉がつらかった。「誰かが見ないと祖父母の命が危ないのに……。他に選択肢はなかった」という。休み時間に必死で勉強して合格した志望大学も、介護のために断念。地元の大学に進学した。(後略)

辛い状態の中で努力をし、志望する大学にまで合格したのに、その大学への入学を断念する子供が、多数いると考えるべきところでしょう。親の責任を問いたくなりますが、なかなか上がらない賃金と、重くのしかかる住宅ローンなどがあれば、どこの家庭でも似たような状況は生まれてしまうのです。

子供の可能性を狭めることの愚かさ

先の高校生の事例では、志望校に合格していても、入学することはできませんでした。「そうした子供も多数いる」という意見もあるでしょうが、これを肯定するならば、日本はもはや先進国ではありません。即刻、他国の支援から撤退し、日本の子供の可能性を広げるような社会福祉の財源を確保すべきです。

日本の教育予算は、OECD加盟国において比較可能な32カ国中、最下位(2012年調査)です。子供を大事にしない社会なわけですが、それにも関わらず、日本の社会福祉は賦課方式(ふかほうしき/子供世代からの税金や保険料で親世代の社会福祉を運営する)を取っているのです。普通に考えればありえないことです。

子供が志望する学校に入学し、そこで専門性を高め、より大きな税金を納める担い手になっていかなければ、日本の社会福祉は回らないのです。国の宝である子供に、教育の一環というレベルを超えて介護労働をさせてしまえば、日本の未来がどうなるかは想像するまでもありません。

今後は、人工知能の実用化などにともなって、多数の失業者が出てしまう可能性も高まります。そうした不安定な社会において、社会福祉の重要性は高まるばかりのはずです。そんな社会福祉の財源は、今の子供たちの生産性にかかっているのです。

どうして、より頻繁な全国規模での実態調査が行われないのでしょう。なぜ、教育予算はOECD諸国において最低レベルを維持しているのでしょう。教員に対して「介護をしている子供を見つけた場合どうするか」という標準的な対応が指示されるのはいつのことになるのでしょう。

※参考文献
・yomiDr., 『祖父母介護、孤立する若者』, 2018年3月23日
・日本経済新聞, 『教育への公的支出、日本また最下位 12年OECD調査』, 2015年11月24日

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