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日本にも「感情労働者保護法」が求められるのではないか?

日本にも「感情労働者保護法」が求められるのではないか?

介護業界には人がいない?

人手不足というニュースが多いため「介護業界には人がいない」というイメージを持っている人も多いと思います。実は統計的に見ると、少し違っています。介護保険制度が開始された当初(2000年)には約54.9万人の介護職員がいました。2015年には、その数は約183.1万人にまで増加しているのです。

介護業界の労働者は、わずか15年間で3倍以上になっています。そんな業界は、他にないでしょう。それでも介護業界は人材不足と言われているのは、それだけ、介護の需要が劇的に高まっていることを示しているのです。

もちろん、こうした需要に応えるために、不足する人材を確保していくことは重要です。ですから、人材不足ということ自体は間違いではありません。ただ、短期間のうちに、これだけの大人数が流入しているのですから、それにともなう課題も出てきています。その一つが、介護職の心の病です。

増え続ける労災請求の件数

厚生労働省の資料によると、2015年度の精神障害の労災請求件数のトップが、医療業をのぞいた社会保険・社会福祉・介護事業です。そして、2006年には医療・福祉業の精神障害の労災請求は92件だったものが、2015年には254件にまで増えています。

一般には、介護の仕事は、優しさや想いがあればできると考えられてしまっています。しかし、そうした先入観が、介護職の心の病を助長している要因のひとつになっていると思います。介護職の仕事は、一般的に認識されている以上に適性範囲が狭い、ある意味で才能が求められる仕事だと私は考えています。

介護職は、他者の生活の中に立ち入り、障害や病気や様々な生活課題を抱えた人や家族と向き合います。そこで長期的な関係を醸成し、時にマイナスの感情をぶつけられたりしながらも、他者の人権を擁護する専門的な職種なのです。

介護業界の仕事は「感情労働」である

介護業界では、介護技術だけでなく、高い倫理観や自分の感情をコントロールする力が求められます。特に、こうした他者を相手にする仕事の中で、自分の感情を制御して、実際に感じる感情とは異なる別の感情を表現するように要求される労働を「感情労働」といいます。

介護業界の仕事は、まさに「感情労働」のど真ん中です。「介護ならできる」「介護くらいしかできない」という甘い考えで立ち入ると、大きなしっぺ返しを食うことになりかねません。とはいえ、増え続ける介護への需要に応えるには、どうしても採用する人材の裾野を広げていかないとならないのです。

人手不足を背景に、多くの労働者が、十分な教育や適切なフォローを受けられない中での「感情労働」を強いられています。これが続くと、介護業界では、心の病になってしまう人が増えるというのは想像に難くないことです。

韓国における感情労働者保護法

こうした実情に対して、お隣の韓国では「感情労働者保護法」という動きがあります。きっかけは、増え続ける悪質なクレームへの対応でした。まず、ソウル市で「感情労働従事者の権利保護などに関する条例」が2014年に施行されました。

この条例が根絶しようとしているのは(1)暴言・暴行・無理な要求などの行為(2)セクシャル・ハラスメント(3)感情労働従事者の業務を妨害する、といった一連の行為です。これを実現するために、大きく次の4つのことを義務として定めたのです(呉, 2017)。

当該顧客からの分離または感情労働従事者が十分に休憩する権利を保障すること

感情労働従事者に対する治療および相談を支援すること

刑事告発または損害賠償訴訟など必要な法的措置を行うこと

その他、感情労働従事者の保護に必要な措置をとること

日本と韓国では、社会的背景や国民性など、違いは多いかもしれません。しかし「感情労働」につく人々の精神的健康と、そうした人々が人間らしく働ける環境の確保は、万国共通の課題であることは明らかです。

過去とは違う日本の未来に準備する必要がある

とにかく、日本の介護業界では、人材不足のイメージばかりが先行しています。しかし、ただ大急ぎで人材の確保を行うばかりで、感情労働従事者の保護について考えなければ、大変なことになります。しかし日本の現状は、ここが現場に丸投げされているのです。

私たちは、過去に経験のしたことのない少子高齢化に翻弄されています。様々な施策、仕組みづくりが後手に回ってしまっています。この状況は、明らかに、過去とは違うのです。それなのに、古き良き時代の「お互い様」の精神だけで、これを乗り切れると夢見ているように思われてなりません。

超高齢社会を乗り切るフロンティアとして、日本は世界の注目を集めています。だからこそ、貪欲に世界の様々な事例にも目を向けて、この難局を乗り切るための知恵を集結していく必要があると信じています。

※参考文献
・厚生労働省, 『介護人材確保対策』, 第145回, 2017年8月23日
・厚生労働省, 『平成27年精神障害の業種別請求、決定及び支給決定件数』, 2015年
・厚生労働省, 『平成18年精神障害等の業種別請求及び支給決定件数一覧』, 2008年
・脇田 滋, 『韓国における雇用安全網関連の法令・資料(6) : ソウル特別市感情労働者保護条例・関連資料』, 龍谷法学 50(1), 523, 2017-09-29
・呉 学殊, 『悪質クレーム問題が深刻な韓国 感情労働従事者保護の運動が活発化』, 情報労連, 2017年7月21日

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