閉じる

介護職のルサンチマンと、その社会への影響について

期待値管理

介護のイメージアップキャンペーン

介護業界では介護のイメージアップキャンペーンが全盛期です。背景には「きつい、汚い、給料安い」など3Kと呼ばれるイメージが定着していることで、慢性的な人材不足がさらに深刻化していることがあります。なんとかそれを払拭したいという業界全体の焦りが、こうしたキャンペーンの原動力です。

各自治体や関係団体は、こぞって介護のイメージを変えていこうという取り組みやイベントを行っています。国の動きとしても平成30年度厚生労働省所管予算案関係の中で下記のような取り組みについて言及されています。

『福祉・介護人材確保対策等の推進』 介護職のイメージ刷新等による介護人材確保対策の強化【新規】 3.7億円

介護職の魅力・社会的評価の向上を図り、介護分野への参入を促進するため、介 護を知るための体験型イベントの開催など、多様な人材の確保・育成に向けた取組を推進する。

確かに、介護職の中にも、会社内で順調に昇進・昇給を重ねている人もいます。実際に、他産業や他職種に見劣りしない所得がある人も、当然存在します。もちろん、結婚して家庭や家や車を持つ人も当たり前のようにいます。そして、そうした実態はあまり知られていないことも事実です。

ですから、定着してしまっている偏ったイメージを払拭するという取り組みに対して、国や自治体が大きな予算を割くということには、共感できるところもあります。ただ、こうした介護職のイメージアップへの取り組みは、問題の解決にはあまり大きな効果をもたらさないのではないかと私は考えています。

本当の課題はどこにあるのか?

私は、介護のイメージアップにおいて、問題解決を困難にしている要因の一つは「介護職自身の自尊心の低さ」にあると考えています。そして、これは介護職自身が問題なのではなくて、介護職も含めた、社会全体で介護職の自尊心を下げるような環境があるからだと考えています。

シャーデンフロイデという言葉があります。これは、他者の不幸や失敗に対して抱く、喜びなどの快楽的感情のことです。一般的には「他人の不幸は蜜の味」と表現される感情です。社会的な生き物である人間の進化の過程で、必要とされて発達してきた感情の一つだと言われています。

私はこのシャーデンフロイデが、現代日本の社会から介護職に向いている気がしてなりません。例えば、介護職を取り上げる報道を見聞きしたり、報道に関わる方々から台本や舞台裏を伺うと、介護職の取り上げ方が次のようなものが大半を占めていることがわかります。

(1)介護職の3Kの実態を拡大して取り上げる。
(2)それにも関わらず理想を持って介護に取り組む人々がいる。
(3)素晴らしいですね。感動しました。

というストーリーです。これらの報道が社会に与える印象は「大変なのに偉いね」「自分にはとてもできない」というものです。一種の聖職者としての位置付けを与えられるのですが、待遇が見合っていないことで、悲劇の聖職者としての度合いが色濃くなっています。

こうした前提があるところで「介護は素晴らしい仕事」だとイメージアップを図ろうとすれば、どうなるでしょう。イメージアップキャンペーン自体が(2)にあたり、社会のシャーデンフロイデの火に油を注ぐことになりはしないでしょうか。

長く続いた平成不況、経済の停滞、閉塞感を抱いた国民のシャーデンフロイデは、介護職という「可哀相な人たち」を見ることで満たされるという構造ができてしまっていると感じます。これは、悲観的にすぎる見方でしょうか。

報道は社会が求めていることに寄り添う

私が介護の道に進もうとした2000年前後は、介護業界はバラ色の成長産業であると、毎日のようにポジティブな報道がなされていました。本当は(2)を出さずに、ポジティブに報道しようとすればできるのです。現実に、過去にはそうした報道があったのですから。

確かに介護の仕事は楽なものではなく、汚いことも、労働に対して給料が見合っていない立場の介護職がいることも事実です。そして、社会的シャーデンフロイデを満たす位置付けを介護職は与えられました。

結果、イメージアップキャンペーンもまた、これを強調する形になってしまっています。「可哀相な人たち」というのが、多くの介護職のアイデンティティにさえなってしまっているのではないかと思います。

つまり、少なからぬ介護職たちは、社会的弱者としての位置付けを受け入れ、自分の仕事を「確かに3Kだ」と認識し、社会的に強い立場にある人への妬みや怒りを溜め込んでいるかもしれないのです。このような屈折した感情を、ルサンチマンと言います。

介護職のルサンチマン

「介護職は大変そうだ」というイメージを持っている方は少なくないと思います。ここまでネガティブな感情にとらわれてはいないだろうと、一般の方は思うかもしれません。しかし、介護職の低い自尊心を表すこんなエピソードがありました。

昨年の12月8日に閣議決定された『新しい経済政策パッケージ』の中で下記のような内容が盛り込まれ注目を集めました。低待遇と言われる介護職にとっては条件はあるものの、かなり思い切った処遇改善の報道です。

介護人材の処遇改善/介護サービス事業所におけ る勤続年数10年以上の介護福祉士について月額平均8万円相当の処遇改善を行 うことを算定根拠に、公費 1000 億円程度を投じ、処遇改善を行う。

この報道について、一般住民向けの講演会(学生を含むおよそ200名が参加)に対して印象を聞いたところ、およそ8割の人がポジティブな印象だと手をあげました。しかし、現役の介護職向けの講演会(およそ100名が参加)に同じ質問をしたところ、およそ9割の人がネガティブな印象だと手をあげたのです。

ネガティブな印象の理由を尋ねると「どうせもらえない」「こうした話題が出て上がった試しがない」「経営陣がピンハネする」という無力感と猜疑心ある回答ばかりでした。もちろん、これらは調査統計と呼ぶにはあまりにも雑です。とはいえ、介護職いかに低い自尊心に苦しめられているかは伝わるのではないでしょうか。

私が考えていること

私は、こうした背景から、いかに予算を割いて介護のイメージアップキャンペーンを実施したところで、多くの介護職の自尊心が低い状態のままであっては、大きな効果は期待できないと考えています。

結局のところ、実際の現場の介護職が充実した実生活を送ることができなければ、イメージばかり着飾っても、実際に就職した人材は、イメージとは乖離した実態とのギャップから、どんどん流出してしまうのは必至でしょう。

なんだかよくわからないけれど、これは介護業界のことであり、自分とは関係ない話だと感じる読者がいたとしたら、それこそが、社会のシャーデンフロイデなのだと思います。介護人材の確保はもはや限られた一部の人の話ではなく、日本経済や、日本社会全体に影響を及ぼす重大な課題なのです。

国民が、介護職の低い自尊心を我がこととして捉える必要があると思います。そのためには表面的な尊敬の念を示すことではなく、専門職としてのあるべき姿を求める厳しい姿勢も時には必要かもしれません。

介護職の多くは保険料や税金によって稼働しています。そうした公費に見合う専門職としての仕事ぶり、結果を求めて行くことは、そこへの期待の念を含めて、介護職の質の向上につながると信じています(ピグマリオン効果から)。

※参考文献
・厚生労働省, 『平成30年度厚生労働省所管予算案関係』
・中野 信子, 菅 広文, 『ロザン×中野信子 「シャーデンフロイデは、社会を守るために必要な感情なんです」 『身の丈にあった勉強法』×『シャーデンフロイデ』刊行記念鼎談・第2回』, Yahoo!ニュース2018年2月7日
・内閣府, 『新しい経済政策パッケージについて』, 2017年12月8日

KAIGOLABの最新情報をお届けします。

この記事についてのタグリスト